はっさくが、気まぐれに思いのたけを綴っているブログ
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平塚神社
6月中旬頃、上中里にある平塚神社でお参りした。


御祭神
・八幡太郎 源義家命(はちまんたろうみなもとのよしいえのみこと)
平安後期の武将で、源頼朝・義経や足利将軍家の先祖。岩清水八幡宮で元服したので八幡太郎と号されました。その武威は物の怪ですら退散させたといわれ、義家公の弓矢は魔除け・病除けとして白河上皇に献上されました。
・賀茂次郎 源義綱命 (かもじろうみなもとのよしつなのみこと)
義家公の次弟。賀茂神社で元服したので賀茂次郎と号されました。
・新羅三郎 源義光命(しんらさぶろうみなもとのよしみつのみこと)
義家公の三弟で武田氏、佐竹氏、小笠原氏の先祖。新羅明神で元服したので新羅三郎と号されました。

平塚神社の創立は平安後期元永年中といわれています。八幡太郎源義家公が奥州征伐の凱旋途中にこの地を訪れ領主の豊島太郎近義に鎧一領を下賜されました。近義は拝領した鎧を清浄な地に埋め塚を築き自分の城の鎮守としました。塚は甲冑塚とよばれ、高さがないために平塚ともよばれました。さらに近義は社殿を建てて義家・義綱・義光の三兄弟を平塚三所大明神として祀り一族の繁栄を願いました。徳川の時代に、平塚郷の無官の盲者であった山川城官貞久は平塚明神に出世祈願をして江戸へ出たところ検校という高い地位を得、将軍徳川家光の近習となり立身出世を果たしました。その後家光が病に倒れた際も山川城官は平塚明神に家光の病気平癒を祈願しました。将軍の病気はたちどころに快癒し、神恩に感謝した山川城官は平塚明神社を修復しました。家光も五十石の朱印地を平塚明神に寄進し、自らもたびたび参詣に訪れました(公式サイト)。










JR京浜東北線の駅で、度々通過しているけど、一度も下車した事が無かった上中里駅から歩いて数分の所にある。静かで広い敷地が良い感じだ。

ゴーヤさん 順調
順調に成長を続けるゴーヤさん。今朝、また雌花が咲いたので写真撮影をしたが、今、確認をしたら、ブレブレだった。よって、成長を続ける一番雌花の実だ☆

こどもつかい
映画「こどもつかい」を観た。あらすじ;郊外の街で子供たちが姿を消し、さらに帰ってきた子供に遭遇した大人は、3日後に謎の死を遂げるという事件が発生。新聞記者の江崎駿也(有岡大貴)は事件について調査し始める。一方、彼の恋人で保育所勤務の原田尚美(門脇麦)は、ある日母親が迎えに来なかった男の子を預かるが、そこへこどもつかい(滝沢秀明)が近づき……(シネマトゥディ)。



ホラーと言うよりファンタジーだな。余り期待していなかったけど、ストーリーは、なかなか凝っていたと思う。途中、眠ってしまったけど(^^; タッキーをもう少し派手に使って欲しかったなぁ。有○は、白いシャツと黒いスラックスと言う地味な装いだと、普通の人過ぎて・・・・。

つなぐ
仕事帰りに、予約していたCD「つなぐ」を引き取って来た。メイキングを見ながら入力している。振り付けを担当したと言う大野くんが、MV撮影中にも、かなり意見をしている。こだわっているわ〜☆ MVは、毎回これくらい踊って欲しい。

小野神社
高尾山へ行った帰り、タローさんは、高尾山口駅にある温泉に入って行きたいと言うが、わたくしは着替えや化粧品を持っていないから行かないと言うことで、高尾山口駅で解散した。高幡不動駅で下車して、高幡不動尊でお参りした後、聖蹟桜ヶ丘駅で下車して、小野神社でお参りした。せっかく遠出して来たのだから、あちこち行ってみようかと。




『延喜式神名帳』に記載されている式内社「武蔵国多磨郡 小野神社」の論社の1つ。論社には他に府中市の小野神社がある。多摩川の氾濫にともない遷座を繰り返した結果2社になったとも、どちらかが本社でもう一方は分祠であるともいわれる。また、当社は武蔵国の一宮とされた。一方氷川神社もまた、一宮であると主張している。(wikipedia)。




わたくしの中でイメージする「THE 神社」と言う佇まいだ。造りが華やかで、かつ厳かな雰囲気を醸し出している。







ペンキ塗りたてかのような、鮮やかな朱色だ。




可愛げ☆





聖蹟桜ヶ丘駅は、初めて下車したが、「多摩市」ってこの辺りなんだな。八王子の奥なのかと思っていた。それは奥多摩かf^^;

カール
ドラマ「フランケンシュタインの恋」は、先週が最終回じゃなかったんだな汗てっきり、終わりだと思っていた。全然、真剣に見ていない証拠だな(^^;





ずっと品切れだったカール♪久し振りにゲットだ☆


高幡不動尊
6月中旬頃高尾山薬王院へ行った帰り、タローさんは、高尾山口駅にある温泉に入って行きたいと言うが、わたくしは着替えや化粧品を持っていないから行かないと言うことで、高尾山口駅で解散した。帰り道、高幡不動駅で下車して、高幡不動尊でお参りした。



金剛寺(こんごうじ)は、東京都日野市高幡にある真言宗智山派別格本山の寺院。高幡不動尊の通称で知られる。本尊は大日如来。高幡山明王院金剛寺と号する。草創は古文書によれば大宝年間(701 - 704)以前とも、奈良時代行基菩薩の開基とも伝えられるが、寺伝によれば平安時代初期に円仁(慈覚大師)が清和天皇の勅願により東関鎮護の霊場を高幡山山上に開いたのが始まりとされる。江戸時代、真言宗関東十一檀林の談義所として、多くの学僧を輩出している。以来、「高幡のお不動さん」と呼ばれ人々の信仰を集めており、毎月28日の縁日には多くの参詣者で賑わう(wikipedia)。


仁王門


不動堂


奥殿


五十塔


稲荷社



敷地内は、紫陽花で溢れていた。





途中で赤く色が変わる山あじさい(だったと思う)





紫陽花開花中と言う事で、かなり混雑していた。山内八十八ケ所巡拝路なんて言うのもあり、ゆっくり歩いてみたいが、これからの季節だと暑そうだな(^^;


ミュージカル調
今朝、なんとなくつけたテレビで、


羽鳥さんは、風邪で休んでいたんだ、知らなかったけど。喉の調子だけが悪かったとか。わたくしも、先週から喉が痛くて、今週の月火あたりは声が出なくてずっと「高見山」みたいな感じだったんだよな〜。症状が似ている。その後、微熱、鼻水、咳・・・と、風邪の症状オンパレードだったけど、どうにか普通に生活していた。



あさいちに大野くん登場で、いろんな家事雑事をしながら見ていたけど、その後再び、録画したあさいち大野くんを見たりとか・・・海老蔵の妻がお亡くなりなったりとかで、、、



そんな流れで、テレビばかりを見ていたら、自民党女性議員の秘書に対する暴言録音データを何度も何度も聞いてしまった。あれは、酷いわ・・・。

秘書がバースデーカードの宛先か何かを47件もミスったのは、確かにいただけないが、度々秘書が変わっていたそうだし、事務所内で引き継ぎみたいな事がきちんと出来ていたとは思えないし、ぐちゃぐちゃだったんだろうな。


暴言が途中でミュージカル調になったりとか・・・謎







Mステの嵐さん、格好良かった〜♪
大野くんは早朝から、お疲れさまでした。


おとなの恋の測り方
映画「おとなの恋の測り方」を観た。あらすじ:浮気性な夫と離婚して3年が経過したものの、いまだ仕事上のパートナーである彼と衝突を繰り返す弁護士のディアーヌ(ヴィルジニー・エフィラ)。ある日、アレクサンドル(ジャン・デュジャルダン)から彼女がレストランに置き忘れた携帯電話を拾ったという連絡が入る。優しげな声と知的でユーモラスな話し方にディアーヌは、新たな恋を見つけられるかもしれないと期待を抱いて携帯電話を受け取りにいく。だが、アレクサンドルはハンサムだったが自分より身長が低く……(シネマトゥディ)。




アレクサンドルの身長は、136cm。10歳男児あたりの平均身長のようだ。

ディアーヌとアレクサンドルは交際をスタートした。でもなんとなく、ディアーヌはそれを誰にも言えなかったり、それをアレクサンドルは、やっぱりね・・・いつだってそうなんだよな、みたいな暗い思いだったり。アレクサンドルに押される感じで、ディアーヌが自分の母親に紹介すると、あんなひと・・・&%#$!Xみたいな感じで大騒ぎだ。



若いならともかく、この主役の二人は、共に結婚経験があるそれなりの年齢だ。そんなに親族までもが見た目にこだわるかな・・・と思ったけど、まあ、フランスだし、弁護士だとかそれなりの仕事で、パーティなんかでパートナーを伴う事が多いんだろうから、見た目も大事なのかな。




作品自体は、まあまあコメディで楽しい。アレクサンドルの前妻の息子は、長身でイケメンだし。アレクサンドルがディアーヌに好意を抱いた理由が、いまひとつわからないな。


高尾山薬王院
6月中旬頃、高尾山薬王院でお参りした。前からお参りに行って見たかったけど、やっと叶った。山全体が参道のような感じで、歩いているだけで心身が浄化されていくような感じだ。



(以下説明分はWikipediaより
高尾山薬王院(たかおさんやくおういん)は、東京都八王子市の高尾山にある寺院。真言宗智山派の関東三大本山のひとつである。 正式な寺名は高尾山薬王院有喜寺だが、一般には単に「高尾山」あるいは「高尾山薬王院」と呼ばれる。天平16年(744年)に聖武天皇の勅命により東国鎮護の祈願寺として、行基菩薩により開山されたと伝えられている。その際、本尊として薬師如来が安置されたことから薬王院と称する。永和年間(1375年 - 1379年)に京都の醍醐寺から俊源大徳が入り、飯縄権現を守護神として奉ったことから、飯縄信仰の霊山であるとともに修験道の道場として繁栄することとなる。

飯縄権現(いづなごんげん、いいづなごんげん)とは、信濃国上水内郡(現 長野県)の飯縄山(飯綱山)に対する山岳信仰が発祥と考えられる神仏習合の神である

大本堂
開山本尊:薬師如来
中興本尊:飯縄権現
薬王院の中心となる本堂で、薬師如来と飯縄権現を祀る。現在の堂宇は1901年(明治34年)に建立されたものである。彩色は施されていないが、彫刻で装飾されている。








本社(権現堂)
本尊:飯縄権現
薬王院の中心となる本社で、飯縄権現を祀る社殿(神社)である。現在の社殿は1729年(享保14年)に本殿が建立され、1753年(宝暦3年)に幣殿と拝殿が建立された。のち1805年(文化2年)・1965年(昭和40年)・1998年(平成10年)に大改修を行なっている。江戸時代後期の代表的な神社建築で1952年(昭和27年)に東京都指定有形文化財に指定されている。入母屋造の本殿と拝殿を幣殿で繋いだ権現造である。社殿全体に華麗で極彩色の装飾がなされていることが特徴である。社殿前方には鳥居があり、神社であることが分かる。寺院の中にある神社という形態は神仏分離以前の神社の姿の一つの典型例といえるだろう。







たくさんの神様にお参りして、写真も撮ったけど、これくらいに。途中までケーブルカーに行ってしまうと、登山と言うよりは、ちょっと坂道がある散策道って感じかな。道もしっかり整備されているし。






昼食には、名物だというとろろ(自然薯)そばを食した。いかにも身体に良さそうで、美味しかった♪








帰り道、氷川神社でお参りした。

高尾山口駅近くにある「氷川神社」は応永年間(1394〜1428)に片倉城主大江備中守師親が武蔵一の宮氷川神社の祭神を勧請したのが始まりと言われております。古くは下椚田村大牧(椚田町)にあったと伝えられ、寛文2年(1662)に再建されました。現在は高尾地区の鎮守として地元の方に崇敬され、8月の第3土日の祭礼では、神輿の巡行や獅子舞の奉納が行われております。氷川神社はご神徳のおかげで縁結び五穀豊穣のご利益があると伝えられているのです。