はっさくが、気まぐれに思いのたけを綴っているブログ
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終戦記念日
靖国神社でお参りした。夕方、15時頃だったが、かなり混雑していた。



「国のために命を捧げた」方々に手を合わせた。


今日も暑かった。他にもあちこち歩いて行動しようかと思ったが断念した。近頃は、自然脅威と向き合うのも大変だ。

成田山新勝寺
かなり前の話。5月22日に香取神宮でお参りした後、成田駅に戻り、成田山新勝寺でお参りした。



「成田のお不動さま」の愛称で親しまれている成田山新勝寺は、真言宗智山派の大本山で、日本一のお不動様です。940年、寛朝大僧正によって開基され、以来1000年以上の歴史をもつ、全国有数の霊場です。平成30年には、開基1080年を迎え、記念大開帳奉修が行われます(成田市観光サイト)。





頭に角がある狛犬さん、好みだ。








大塔婆御手綱拝掌
大本堂前に高さ12メートルの大塔婆を建立。大塔婆に結ばれた五色の御手綱は大本堂の御本尊不動明王の御手へと続いています。御手綱を握り(拝掌し)お不動さまの御利益をいただきます(公式サイト)。









開基1080年と言う事で、特別に拝観出来るという所をたくさん訪ねたが、写真はこれぐらいで。最後に、境内に鎮座する出世稲荷へ行ってみた。




現在のお堂は、明治21年に再建された総欅造りのお堂です。朱色を基調として、金色、青色、緑色の極彩色に彩られた色彩が美しく、龍や獅子のきらびやかな彫刻が施されています。お堂の正面に施された彫刻には、天女の姿が。出世稲荷の本地仏。荼枳尼天(だきにてん)です。神仏習合思想において、仏教における荼枳尼天(だきにてん)が本地仏として仏教寺院で祀らており、成田山の出世稲荷もそのひとつです。茶枳尼天とは、サンスクリット語で空を歩く者という「ダーキニー」で、元々は古代インドの農業の神様でした。インドの神話においては、人を食らう恐ろしい神様でしたが、仏教界で大日如来の霊力に心服し、白狐に跨がり豊作をもたらす善神となったと言われています(成田市観光サイト)。


階段




カラフルだ


お神輿みたい 色々な角度から撮影してみた









神社のようなお寺のような? 面白い空間であった。




お土産


成田駅



成田って、○○エクスプレスとか特別な電車に乗らないと辿り着けないくらい遠いと思っていたが、JR武蔵野線、常磐線、成田線でどうにか行けるものだな。


香取神宮
かなり前の話。5月22日に、千葉県香取市に鎮座する香取神宮でお参りした。成田駅から1時間に1本しかない電車に乗ったりして、正に旅に出た気分であった。




関東地方を中心として全国にある香取神社の総本社。茨城県鹿嶋市の鹿島神宮、茨城県神栖市の息栖神社とともに東国三社の一社。また、宮中の四方拝で遥拝される一社である。千葉県北東部、利根川下流右岸の「亀甲山(かめがせやま)」と称される丘陵上に鎮座する。日本神話で大国主の国譲りの際に活躍する経津主神(フツヌシ)を祭神とすることで知られる、全国でも有数の古社である(Wikipedia)。



JR佐原駅からタクシーに10分くらい乗り、商店街の入口で降りた。




鳥居


灯籠が続く参道




次の鳥居



狛犬さん 音楽家みたい






総門


斜めからも撮影してみた


狛犬さん






楼門


狛犬さん木彫りっぽい





拝殿 荘厳、美しい




5月だったけど、茅の輪が設置されていた


本殿が余りにも素敵だったので、色々な角度から撮影してみた







赤く華やかな門をくぐった後、黒を基調とした社殿が現れる。めりはりが良い。落ち着いた佇まいなのに力強さも満点で思わず「別格」と言ってしまう。


多くの境内社が鎮座し、他にも見所満載であったが、写真はこれくらいで。



普段、御朱印集めはしていないけど、ここには二度と来られないかもと思い、御朱印帳を購入して御朱印をいただいた。


御朱印帳


整理札を渡されて待つ





御守り茅の輪






あっという間に3か月前の話しになってしまうなf^^;
笹目神社
かなり前の話。5月中旬頃、戸田市笹目に鎮座する笹目神社でお参りした。荒川から少し足を伸ばしてみようかなくらいのつもりだったけど、かなり歩いた(・・;)




由緒


拝殿




狛犬さん 丸い後姿が◎




鐘楼 神社にもたまにある


本殿 立派だ


立派な木々


白山社


広い境内





春には、さくらまつりが行われるようだ。
乃木神社
5月下旬頃、仕事帰りに、東京・赤坂に鎮座する乃木神社でお参りした。


日本国内に複数ある乃木希典を祀った神社。乃木神社(のぎじんじゃ)は、明治時代に活躍した軍人であり明治天皇の崩御の際に殉死した乃木希典を祀った神社。日本国内に複数の乃木神社がある。乃木の出身地の下関市や別邸のあった那須塩原市など、乃木ゆかりの地に多い。

乃木神社(のぎじんじゃ)は、東京都港区赤坂八丁目にある神社。乃木希典将軍と乃木静子夫人を祀る。乃木夫妻が明治天皇大葬の日に自刃した邸宅の隣地である。旧社格は府社。現在は神社本庁の別表神社。大正2年(1913年)、東京市長だった阪谷芳郎が中心となって中央乃木会を設立し、大正8年(1919年)、当社の創建を申請・許可され、大正12年(1923年)11月1日に鎮座祭が行われた。設計は大江新太郎が手掛けた。昭和20年5月の東京大空襲で焼失したが、新太郎の息子・大江宏の設計で昭和37年に復興した。昭和58年(1983年)には宏の長男・大江新と三男・昭によるコンクリート造の宝物殿が建てられた。





最初の鳥居




狛犬さん 指が長い


くるくる


次の鳥居


狛犬さん おかっぱ系マッチョ





拝殿 美しい


奥まで美しい


灯籠 キノコっぽい






境内社・正松神社 -- 乃木が師事した玉木文之進と、その甥の吉田松陰を祀る。

鳥居









境内社・赤坂王子稲荷神社 -- 乃木夫妻が崇敬していた王子稲荷神社を勧請して昭和37年に創立。







(説明は全てWikipedia)



都会のオアシス。美しく整えられていた。
境稲荷神社
かなり前の話。6月上旬頃、文京区に鎮座する白山神社で紫陽花を観賞した後、上野方面へ歩いた。



台東区・境稲荷神社にある弁慶鏡ヶ井(べんけいかがみがい)

当神社の井戸は源義経とその従者が奥州へ向かう途中に弁慶が見つけ、一行ののどを潤したと伝えられ、『江戸志』など江戸時代の史料にも名水として記録がある。一時埋め戻されたが、昭和15年に再び掘り出され、昭和20年の東京大空襲などでは多くの被災者を飢渇から救った。脇の石碑は掘り出した際の記念碑で、造立者の中には当地に住んでいた横山大観画伯の名も見える(東京神社庁)。







境稲荷神社について 文明年間(1469〜86)足利九代将軍義尚が創祀したと伝えられ、忍ヶ岡(上野台地)と向ヶ岡(本郷台地)の境に鎮座するところから境稲荷と称された。寛延3年(1750)の火災で社殿をはじめ足利義尚自筆の扁額や重宝・古記録とも焼失するが、その後再建された(東京神社庁)。










根津神社でもお参りした。

他に参拝者がいなかった。やはり美しい。


手水舎も、よくよく見ると美しい。








上野公園内の五条天神社

狛犬さん 青っぽい石造り?





隣接する花園稲荷神社の狛犬さん
かなりユニーク






お化け灯籠
どれだけ大きいのかは、比較対象が無いとわかりにくいが、かなり大きいのは確かだ。






神殿
かなり前の話。5月上旬頃、国学院大学に神殿があるらしいとの事で行ってみた。


昭和5年に現在の地に鎮座された神殿は、天照皇大御神を始め八百万の神々をお祀りしております(公式サイト)。



漂う空気が違う、正に別世界。心の中で「半端ない」と言ってしまった。








恵比寿駅から歩いていると甘い香りの白い花があちこちで咲いていた。




花屋で見かけたテイカカズラと言う花かも♪



和名は、式子内親王を愛した藤原定家が、死後も彼女を忘れられず、ついに定家葛に生まれ変わって彼女の墓にからみついたという伝説(能『定家』)に基づく(Wikipedia)。




国学院大学を目指している途中で見かけた渋谷氷川神社でもお参りした。


境内約4,000坪の渋谷最古の神社。御祭神は、素盞鳴尊、稲田姫命、大己貴尊、天照皇大神。御由緒は、創始は非常に古く、慶長十年に記された「氷川大明神豊泉寺縁起」によると景行天皇の御代の皇子日本武尊東征の時、当地に素盞鳴尊を勧請したとある。境内には江戸郊外三大相撲の一つ金王相撲の相撲場の跡がある(東京神社庁)。

拝殿




狛犬さん 凛々しい




木々に囲まれ美しい


境内社




渋谷駅に向かっている途中で見かけた小さなお稲荷さん





その後、原宿へ移動して明治神宮でもお参りした。 春の祭りで、お琴の演奏を聴けた。




春日部八幡神社
かなり前の話。4月中旬頃、「牛島の藤」を観賞した帰り道、春日部八幡神社でお参りした。





御祭神は、「安産・長寿」「家内安全・必勝」の神様として古くから地域の人々の信仰を受けています。 ほんだわけのみこと誉田別尊(応神天皇)、おきながたらしひめのみこと息長足姫尊(神功皇后)、たけのうちすくねのみこと竹内宿禰命、とようけひめのみこと豊受姫命。今から約八百年前、源頼朝が鎌倉に幕府を置いていた頃、柏壁の浜川戸に春日部重実という人がおり、大袋、大沢、桜井、新方、増林あたりを領地としていました。この重実の子に実景、そしてこの実景の孫に重行(春日部治部少輔時賢)という人がいました。彼は長い間、相州(現在の神奈川県)にある鶴岡八幡宮を敬信していて、しばしばの合戦にもその霊護を蒙ったので、遥拝(はるかに礼拝すること)のため鎌倉時代元弘年間(一三三○年代)に鶴岡八幡宮を模してこの八幡神社を造営したと伝えられており、森の一部は彼の館跡と言われています。昔は、新方四十余郷の総鎮守で代々領主の守護神社てあり、その後しばしはの栄枯盛衰もありましたか、現在は春日部の総鎮守となっています(公式サイト)。




八幡神社を目指していたら、先に、春日部稲荷さんに到着した。






砂丘??



オープンな拝殿であった





春日部八幡神社の長く美しい参道



狛犬さん 山にのる





狛犬さんにのる灯籠



御神木


両脇の樹木とのバランスも美しい拝殿



本殿も美しい






奥宮


旧社殿






後ろから見ても素敵だ
秋にはもっと美しいだろう


自分の干支絵馬にお参りする




境内社

天神社


弁天社



緑に溢れた神々しい空間であった。
羽田神社
かなり前の話。5月中旬頃、穴守稲荷神社でお参りした後、羽田神社でお参りした。15分位歩いたかな。



羽田総鎮守・羽田神社は、羽田の「氏神様」として羽田全域から現羽田空港まで広く氏子を有します。殊に航空会社各社の崇敬の念も篤く、正月から年間を通じて運航安全・航空安全祈願の参詣があります。また、文久元年(1861年)に疱瘡(天然痘)が蔓延。将軍・徳川家定が病気平癒祈願に参詣し治癒した故事により、病気平癒を祈願する参拝客も多いです。御祭神は「須佐之男命(すさのおのみこと)」と「稲田姫命(いなだひめのみこと)」の二柱・ご夫婦の神様をお祀りしています。「えんむすび」「勝負事」のご神徳でも知られています。

その由来は、約800年前の鎌倉時代、羽田浦の水軍で領主だった行方与次郎(なめかたよじろう)が牛頭天王(ごずてんのう)を祀った事からとされます。今日でも、羽田神社を「てんのうさん」と親しみを込めて呼ぶ人がいるのは、その名残りです。徳川時代には、徳川家、島津家、藤堂家などに厚く信仰されました。明治元年(1869年)、自性院境内に祀られていた牛頭天王社は八雲神社(やぐもじんじゃ)として独立、明治40年に羽田神社と改称、現在に至ります。昭和63年5月新社殿が竣工、平成18年3月お塗り替え工事終了しました。尚一層の神慮が深まり霊験あらたかな御社として氏子を見守っています。明治初年に造られた「羽田富士」も見どころの一つです。富士山に憧れた当時の人々がその姿を模倣して造った築山で、大田区文化財に指定されています(公式サイト)。




鳥居 夕方だったので薄暗い


手水舎 牛さん





拝殿 カラフルだ




狛犬さん 片方は撮影失敗






境内社が並ぶ




そのひとつ、羽田稲荷さん







富士塚




夫婦擬宝珠 水をかけてお参りする






大黒さまにズーム





多摩川にかかる大師橋のすぐ近くに鎮座している。大きく視界が広がる気持ちの良い空間であった。
七夕
今週末は、七夕だ。天気はいまいちの予報だ。



仕事帰りに烏森神社でお参りした。






七夕御朱印をいただいた。


御守りが可愛い♪