はっさくが、気まぐれに思いのたけを綴っているブログ
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天祖神社(ときわ台)
9月頃、板橋付近を散策した。ときわ台天祖神社でお参りした。




当社は天照大御神を奉斎する神社で、旧上板橋村の産土神としてお祀りされてきました。初詣、秋祭り、七五三等の行事や特殊神事の茅の輪くぐり、神明ばやし(板橋区無形文化財指定)の公演には、多くの氏子崇敬者が参詣し、賑わいを見せております。御祭神は、天照大御神(あまてらすおおみかみ)、豊受姫命(とようけひめのみこと)、大山咋命(おおやまくいのみこと)(公式サイト)。



拝殿







狛犬さん  角があり、愛嬌がある






ずらっと境内社








入口






板橋散策シリーズの最後にアップロードしたけど、板橋散策のスタートはここだった。鳥居の向こうは別世界、深い緑の素敵な空間だった。

滝野川八幡神社
10月中旬頃、東京都北区滝野川に鎮座する滝野川八幡神社でお参りした。JR板橋駅から徒歩10分位かな。



瀧野川八幡神社は、旧滝野川村の鎮守です。祭神は、品陀和氣命(ほんだわけのみこと・第15代 応神天皇)。創建は、鎌倉時代前期の建仁2年(1202年)といわれていますが、「江戸誌」によりますと文治5年(1189年)に頼朝が勧請したとの記述があります。いずれにしましても古くより祀られ、今年で816年もしくは829年もの歴史を有する神社であります。本殿は総欅造り、明治18年(1885)に改築されており、拝殿は大正11年(1922)に修築されています。境内には、稲荷・冨士・榛名の三柱を祀る末社があります。社殿の裏手からは縄文時代後期の住居址が発見されており、考古学的にも貴重な遺跡に立地しています。神仏分離以前は金剛寺が別当寺でした。

社務所は終戦直前まで、旧中山道に面した滝野川三軒家の種子問屋が中心となっていた東京種子同業組合の会合場所として利用されていました。組合ではこの会合で滝野川ごぼうや人参、練馬大根の種子の価格を決めていました(公式サイト)




拝殿 派手さは無いが渋くて素敵だ






狛犬さん 爪と歯がしっかり。愛嬌があってなかなか個性的だ。







境内社


お稲荷さん 狐がいっぱい




狛犬さん こちらも個性派







入って右側の鳥居に佇む狛犬さんは、平成30年奉納だ。今時のデザインなのかな。














20分位歩いて、十条冨士神社(北区中十条2-14-1)でお参りした。


江戸時代から十条村にまつられる神社のひとつです。冨士浅間神社の祭神・木花開耶姫命(このはなさくやひめのみこと)ほかの神様がまつられています。境内の大部分は江戸時代後期の築造といわれる冨士塚となっています(十条銀座サイト)。







階段を上ってみた。


小さな祠があるだけだった(^^;


階段途中にいた狛犬さん







向かいに鎮座するお寺でもお参りした。



賽銭を入れると「ちりーん」と爽やか音がした。






氷川神社(双葉町)
9月頃、板橋付近を散策した。氷川神社(双葉町)でお参りした。お祭りであった。


社伝に応永年間(室町時代)武蔵国一の宮氷川神社より勧請と伝えられる。江戸期には江戸四宿の一つ板橋上宿と根村の産土神として崇敬篤く、根村松山氷川大明神の社名も伝えられている。三年毎の本祭には宮神輿も渡御し賑いをみせている。御祭神は、素盞鳴命(すさのおのみこと)。相殿は、蒼稲魂命(うがのみたまのみこと)(東京神社庁)。




以前お祭りでは無い時に、お参りした事があった。とても美しい神社なのに、「スマホなどでの撮影禁止」の注意書がそこら中に貼ってあり、逆にもったいない感じであった。お祭りの時は屋台等々で貼り紙が隠れていたのか見かけなかったので撮影してみた。


拝殿 とても美しい


斜めから見ても美しい



彫刻 近付いてよく見てみたい


美しい門 屋台等が無いとずっと見ていられそうな美しさ


お稲荷さん 灯りが入って良い感じだ




銀座八丁神社巡り
昨年に引き続き、銀座八丁神社巡りをした。無事、コンプリート☆彡



記念品の亥さん  やはりシュールだ・・・(^^;




各所で御守など、いただきました☆ ありがとうございます(^^)





昨年と比べて、各所で行列していたわ〜・・・。行列を避けてウロウロして、銀座を3周位したかも。良い運動になった(^^v





各神社の写真等は、またそのうち。。



氷川神社(氷川町)
9月頃、板橋付近を散策した時に、氷川神社(氷川町)でお参りした。




八十三代土御門天皇の御代元久三年(一二〇六年)頃このあたりの領主豊島左衛門尉経泰が今の埼玉県大宮市の氷川神社から御祭神の素盞男命、稲田姫命の二柱の御分靈を奉じて石神井川畔の景勝の地であるこのところにお社をつくり代々おまつりしてまいりました。 豊島氏の没落後は土地の住民が中仙道の親宿である板橋宿の鎮守様として尊崇してまいりましたが、明治二十二年火災の為に之等の資料や証拠となる文献がなくなりました。お社は翌二十三年再建されましたが昭和二十年五月戦禍を蒙り全焼し、二十九年御造営奉賛会が結成され三十三年九月に唯今の鉄筋コンクリート、流れ造りの御社殿が竣工いたしました。 氏子区域が現在十九ヶ町に亘っております(公式サイト)。




拝殿 黄土色と言うか濃いベージュと言うか、ありそうで無さそうな色味



狛犬さん 丸丸







富士塚 可愛い狛犬さん









境内社




板橋区には氷川神社がいくつも鎮座している。

熊野神社(板橋)
9月頃、板橋付近を散策した。熊野神社でお参りした。



応永年間(1394〜1427)創立。東京都板橋区熊野町鎮座。見上げると空を首都高が走り、直ぐ脇には大きな幹線道路が通る。そんな都会の喧騒の中にひっそりと鎮座する神社です。境内はそんな喧騒が嘘のように落ち着いた場となっております(公式サイト)。
庭田(後の岩田)主水正氏兼(もんどのしょううじかね)が、武州豊島郡中丸村に移住し、鎮守様として崇敬されてきた。庭田氏は常に敬神の念深く同族の繁栄を祈り氏神様として崇敬した。ここに熊野権現を分祀。御祭神は、伊佐奈美命(いざなみのみこと)、速玉之男命(はやたまのおのみこと)、事解之男命(ことさかのおのみこと)(東京神社庁)。


拝殿




狛犬さん 顔周りふわふわ 楽しそう








境内社







狛犬さん よく見るタイプだけど色つき









公式サイトの説明通り。大きな道路近くで静かに鎮座している。
清水稲荷神社
9月頃、板橋付近を散策した時に、清水稲荷神社でお参りした。



創立年代不詳、遊歴雑記に「老親飲めば美酒、その子飲む時は清水なり、彼地を呼んで酒泉澗といい、後に清水村とあらためけるとなむ」とある。当時一丈ばかりの高台に祀られていた小祠が、当稲荷神社であり、後に現在の地に移転された。御祭神は、豊受姫命(とようけひめのみこと)(東京神社庁)。



拝殿






イチョウの木は最大で推定樹齢500年、根回り約6m30センチメートル、高さ約15mになるものもあります(板橋区サイト)。


この樹の事かな。乳柱が立派だ。




緑一杯の静かな空間だ。
池袋氷川神社
9月頃、板橋付近を散策した。池袋氷川神社でお参りした。


鎮座した年代は不詳だが、天保元年(1830年)に発行された『新編武蔵風土記稿』の池袋の項に「氷川社 村の鎮守」の記述があり、それ以前の創建であるとみられる。境内には富士塚(浅間神社)があり、周辺の富士講の拠点となっていた。社殿は戦時中東京大空襲によって焼失し、現在の社殿は1965年(昭和40年)の建築である(Wikipedia)。




入口


参道




拝殿 かなり横長。豪華で美しい。




狛犬さん なかなか面白い







富士塚



子供を抱くお猿さん


境内社



余りにもピカピカに磨かれていて、自分がはっきりと映ってしまったので加工したf(^_^)


住宅街に静かに鎮座している美しい社だ。

縁切榎
9月頃、板橋付近を散策した。「縁切榎」でお参りした。




江戸時代から板橋宿の名所として名高い縁切榎。もともと大六天神の神木でした。皇女和宮が降嫁の際、縁起が悪いと、この場所を迂回したという逸話が残っていますが、庶民の間では、悪縁は切ってくれるが良縁は結んでくれるというので礼拝の対象となっていました(板橋区サイト)。交通:都営三田線板橋本町駅から徒歩5分




榎大六天神とも呼ばれるらしい。近くのお蕎麦屋さんで絵馬を買って、「切ってしまいたい事」を書いてお願いするみたいだ。街角の小さな空間に、びっしりと絵馬が掛けられている。






末廣神社
9月頃、ドラマでスダマサキがお参りしていた松島神社へ行った後に、末廣神社でお参りした。




この辺りは元和3年(1617年)に幕府の許可の下、庄司甚右衛門らが葭(よし)の茂る沼沢地を開拓して造った遊女町葭(よし)原(吉原)で、末廣神社はその氏神様として信仰を集めていました。ここに祀られているのは毘沙門様。多聞天の異名を持つ毘沙門天は、世界の守護神であり、又、福徳を授ける神ともされています。また日本独自の信仰として七福神の一尊とされ、特に勝負事に利益ありとして崇められています(日本橋七福神巡りサイト)。



松島神社同様、ビルの隙間に鎮座している。

鳥居


拝殿


狛犬さん いそうでいなさそうな面白い風貌だ









その後、笠間稲荷神社でもお参りした。

江戸末期 安政6年(1859年)、笠間藩主・牧野貞直が、日本3大稲荷のひとつ常陸笠間神社の御分霊を江戸下屋敷に奉斎。以降、五穀をはじめ水産、殖産の守護神として信仰を集めました。寿老人は長寿の神にして、お導きの神、幸運の神として、人々の運命を開拓して下さる福徳長寿の守護神とされています(日本橋七福神巡りサイト)。


鳥居


拝殿 ビルの隙間で鮮やかだ


狐さん やっぱりなんとなく怖い






破魔矢タイプのおみくじ。これは、松島神社で引いたもの。