はっさくが、気まぐれに思いのたけを綴っているブログ
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境稲荷神社
かなり前の話。6月上旬頃、文京区に鎮座する白山神社で紫陽花を観賞した後、上野方面へ歩いた。



台東区・境稲荷神社にある弁慶鏡ヶ井(べんけいかがみがい)

当神社の井戸は源義経とその従者が奥州へ向かう途中に弁慶が見つけ、一行ののどを潤したと伝えられ、『江戸志』など江戸時代の史料にも名水として記録がある。一時埋め戻されたが、昭和15年に再び掘り出され、昭和20年の東京大空襲などでは多くの被災者を飢渇から救った。脇の石碑は掘り出した際の記念碑で、造立者の中には当地に住んでいた横山大観画伯の名も見える(東京神社庁)。







境稲荷神社について 文明年間(1469〜86)足利九代将軍義尚が創祀したと伝えられ、忍ヶ岡(上野台地)と向ヶ岡(本郷台地)の境に鎮座するところから境稲荷と称された。寛延3年(1750)の火災で社殿をはじめ足利義尚自筆の扁額や重宝・古記録とも焼失するが、その後再建された(東京神社庁)。










根津神社でもお参りした。

他に参拝者がいなかった。やはり美しい。


手水舎も、よくよく見ると美しい。








上野公園内の五条天神社

狛犬さん 青っぽい石造り?





隣接する花園稲荷神社の狛犬さん
かなりユニーク






お化け灯籠
どれだけ大きいのかは、比較対象が無いとわかりにくいが、かなり大きいのは確かだ。






神殿
かなり前の話。5月上旬頃、国学院大学に神殿があるらしいとの事で行ってみた。


昭和5年に現在の地に鎮座された神殿は、天照皇大御神を始め八百万の神々をお祀りしております(公式サイト)。



漂う空気が違う、正に別世界。心の中で「半端ない」と言ってしまった。








恵比寿駅から歩いていると甘い香りの白い花があちこちで咲いていた。




花屋で見かけたテイカカズラと言う花かも♪



和名は、式子内親王を愛した藤原定家が、死後も彼女を忘れられず、ついに定家葛に生まれ変わって彼女の墓にからみついたという伝説(能『定家』)に基づく(Wikipedia)。




国学院大学を目指している途中で見かけた渋谷氷川神社でもお参りした。


境内約4,000坪の渋谷最古の神社。御祭神は、素盞鳴尊、稲田姫命、大己貴尊、天照皇大神。御由緒は、創始は非常に古く、慶長十年に記された「氷川大明神豊泉寺縁起」によると景行天皇の御代の皇子日本武尊東征の時、当地に素盞鳴尊を勧請したとある。境内には江戸郊外三大相撲の一つ金王相撲の相撲場の跡がある(東京神社庁)。

拝殿




狛犬さん 凛々しい




木々に囲まれ美しい


境内社




渋谷駅に向かっている途中で見かけた小さなお稲荷さん





その後、原宿へ移動して明治神宮でもお参りした。 春の祭りで、お琴の演奏を聴けた。




春日部八幡神社
かなり前の話。4月中旬頃、「牛島の藤」を観賞した帰り道、春日部八幡神社でお参りした。





御祭神は、「安産・長寿」「家内安全・必勝」の神様として古くから地域の人々の信仰を受けています。 ほんだわけのみこと誉田別尊(応神天皇)、おきながたらしひめのみこと息長足姫尊(神功皇后)、たけのうちすくねのみこと竹内宿禰命、とようけひめのみこと豊受姫命。今から約八百年前、源頼朝が鎌倉に幕府を置いていた頃、柏壁の浜川戸に春日部重実という人がおり、大袋、大沢、桜井、新方、増林あたりを領地としていました。この重実の子に実景、そしてこの実景の孫に重行(春日部治部少輔時賢)という人がいました。彼は長い間、相州(現在の神奈川県)にある鶴岡八幡宮を敬信していて、しばしばの合戦にもその霊護を蒙ったので、遥拝(はるかに礼拝すること)のため鎌倉時代元弘年間(一三三○年代)に鶴岡八幡宮を模してこの八幡神社を造営したと伝えられており、森の一部は彼の館跡と言われています。昔は、新方四十余郷の総鎮守で代々領主の守護神社てあり、その後しばしはの栄枯盛衰もありましたか、現在は春日部の総鎮守となっています(公式サイト)。




八幡神社を目指していたら、先に、春日部稲荷さんに到着した。






砂丘??



オープンな拝殿であった





春日部八幡神社の長く美しい参道



狛犬さん 山にのる





狛犬さんにのる灯籠



御神木


両脇の樹木とのバランスも美しい拝殿



本殿も美しい






奥宮


旧社殿






後ろから見ても素敵だ
秋にはもっと美しいだろう


自分の干支絵馬にお参りする




境内社

天神社


弁天社



緑に溢れた神々しい空間であった。
羽田神社
かなり前の話。5月中旬頃、穴守稲荷神社でお参りした後、羽田神社でお参りした。15分位歩いたかな。



羽田総鎮守・羽田神社は、羽田の「氏神様」として羽田全域から現羽田空港まで広く氏子を有します。殊に航空会社各社の崇敬の念も篤く、正月から年間を通じて運航安全・航空安全祈願の参詣があります。また、文久元年(1861年)に疱瘡(天然痘)が蔓延。将軍・徳川家定が病気平癒祈願に参詣し治癒した故事により、病気平癒を祈願する参拝客も多いです。御祭神は「須佐之男命(すさのおのみこと)」と「稲田姫命(いなだひめのみこと)」の二柱・ご夫婦の神様をお祀りしています。「えんむすび」「勝負事」のご神徳でも知られています。

その由来は、約800年前の鎌倉時代、羽田浦の水軍で領主だった行方与次郎(なめかたよじろう)が牛頭天王(ごずてんのう)を祀った事からとされます。今日でも、羽田神社を「てんのうさん」と親しみを込めて呼ぶ人がいるのは、その名残りです。徳川時代には、徳川家、島津家、藤堂家などに厚く信仰されました。明治元年(1869年)、自性院境内に祀られていた牛頭天王社は八雲神社(やぐもじんじゃ)として独立、明治40年に羽田神社と改称、現在に至ります。昭和63年5月新社殿が竣工、平成18年3月お塗り替え工事終了しました。尚一層の神慮が深まり霊験あらたかな御社として氏子を見守っています。明治初年に造られた「羽田富士」も見どころの一つです。富士山に憧れた当時の人々がその姿を模倣して造った築山で、大田区文化財に指定されています(公式サイト)。




鳥居 夕方だったので薄暗い


手水舎 牛さん





拝殿 カラフルだ




狛犬さん 片方は撮影失敗






境内社が並ぶ




そのひとつ、羽田稲荷さん







富士塚




夫婦擬宝珠 水をかけてお参りする






大黒さまにズーム





多摩川にかかる大師橋のすぐ近くに鎮座している。大きく視界が広がる気持ちの良い空間であった。
七夕
今週末は、七夕だ。天気はいまいちの予報だ。



仕事帰りに烏森神社でお参りした。






七夕御朱印をいただいた。


御守りが可愛い♪
2018年前半終了
父親の見舞いで大船付近へ行った帰りに、鎌倉・鶴岡八幡宮でお参りした。


七夕飾りが綺麗だった☆












立派な茅の輪が設置されていたが、くぐることは出来なかった。





昨日、出勤前に神田明神でお参りした。工事中であった。



手水舎は、柄杓で行う方式ではなかった。夏場だし、ある意味、衛生的かも。





芝大神宮でも、お参りした。写真は逆光になってしまったので、白黒な感じにした。




2018年上半期、終了。個人では2月に頑張った東京マラソンが第1位かなと思うけど、それ以外にも楽しかったこと、失敗したこと、いろいろあったが、大病大怪我とかしなかったからそこそこかな(^^v

穴守稲荷神社
かなり過ぎた話。5月中旬頃、父親を見舞う為、鎌倉方面へ行った帰り道、穴守稲荷神社でお参りした。



穴守稲荷神社(あなもりいなりじんじゃ)は、東京都大田区羽田五丁目2番7号(もとの羽田穴守町)にある稲荷神社である。祭神は豊受姫命。1804年(文化元年)の新田開墾の折り、海が荒れて沿岸の堤防が決壊し、村々は海水による甚大な被害を受けた。村民が堤防の上に祠を勧請し、稲荷大神を祀ると、海が静まって大きな実りをもたらした。これが穴守稲荷神社の起こりとされている。穴守という名の由来は、堤防に開いた穴の害から人々を守るという神徳にちなむ。元々は新田開拓を行った鈴木家の土地にある、小さな祠であった(Wikipedia)。





駅前にいきなり鳥居



少し歩いて入口だ


拝殿 堂々たるお姿だ





凛々しい狐さん 誰かに似ているような・・・






境内社 前向きな名称のお稲荷さん

必勝稲荷さん


開運稲荷さん


出世稲荷さん






奥之宮と神砂(あなもりの砂)

老人が漁に出て魚を釣り上げて魚篭に入れたが、中を見ると湿った砂があるだけだった。翌日も翌々日も大漁となるも、篭をみるとやはり湿った砂があるばかりであった。老人はいぶかしく思い、村人たちにこのことを話すと、村人たちはこれを狐の仕業として稲荷神社を取り囲み、一匹の狐を捕まえる。しかし、老人は狐を許してそれを解き放った。それ以降、老人が漁にでると必ず大漁となり、篭には多くの魚とわずかばかりの湿った砂が残るようになった。老人が砂を持ち帰って家の庭にまいたところ、客が途切れることなく訪れるようになり、老人は富を得た。そのため、穴守の砂には招福のご利益があるとされ、今も多くの参拝者を集めている(Wikipedia)。




なんとなく怖い・・・


頂いて来ました



隣に鎮座している築山稲荷さん





紫陽花が咲き始めていた。この時期、鎌倉付近ではほとんど咲いていなかったけどね。

蔵前神社
6月上旬頃、鳥越神社、第六天榊神社でお参りした後、10分位歩いて、蔵前神社でお参りした。



蔵前神社【東石清水宮】は、厄除開運などに霊験あらたかな神様をおまつりしています。御祭神は、應神天皇(おうじんてんのう)、神功皇后(じんぐうこうごう)、姫大神(ひめのおおかみ)、倉稲魂命(うかのみたまのみこと)、菅原道真公(すがわらみちざねこう)、塩土翁命(しおつちのおきなのみこと)。徳川第五代将軍綱吉公が、元禄六年(1693年)八月、江戸城鬼門除の守護神・徳川将軍家祈願所として、京都の石清水八幡宮を勧請。御朱印社領二百石寄進。勧進大相撲発祥の地で63連勝の谷風が小野川に敗れた1番は江戸中大騒ぎとなった(東京神社庁)。






鳥居 紫陽花が良い感じだ



拝殿


中で寝ていたのは、猫かな(^.^)


狛犬さん


角があるタイプ





境内社 福徳稲荷さん







境内は紫陽花がいっぱい♪


脇には鮮やかな鳥居


何組かのカップルがお参りしていたりで、にぎわっていた。

パワフル
昨日仕事帰りに、職場近くに鎮座する愛宕神社でお参りした。


池に佇む鳥さん


この紫陽花、好きだ




出世の階段じゃない方でも十分に急勾配だ




鳥居が既にパワフル


今週末は、お祭りのようだ。




新橋駅近くの烏森神社でもお参りした。今年も半分終わりそう。茅の輪が登場する時期だ。






榊神社
6月上旬頃、鳥越神社でお参りした後、7、8分歩いて見つけた、第六天榊神社でお参りした。



第六天榊神社(だいろくてんさかきじんじゃ)は、東京都台東区蔵前にある神社。略して「第六天神社」または単に「榊神社」ともいう。景行天皇の時代、日本武尊が東夷征伐の折に創祀したという。古くから「第六天神宮」と呼ばれてきたが、明治6年(1873年)に社号を「榊神社」へ改称した。主祭神:榊皇大神(第六天榊大神/天神第六代坐榊皇大御神)(Wikipedia)。




とても良い雰囲気だ。森が立派で、全体像が捉えられない(^^;


拝殿 素敵だ


狛犬さん 首回りが重厚









境内社
七福稲荷神社




その奥に鎮座しているのは、事比羅神社・豊受神社



繁盛稲荷社













なんとも良い空気感であった。