はっさくが、気まぐれに思いのたけを綴っているブログ
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草加神社
7月下旬頃、鷲宮神社でお参りした帰り道、草加神社でお参りした。東武伊勢崎線草加駅から徒歩数分に鎮座している。


旧称氷川神社。武蔵一の宮大宮氷川神社から分霊しまつったことに始まる。1909年(明治42年)草加の町にある11社を合祀したことに伴い草加神社と社号を改称した。本殿は市指定文化財(観光サイト)。











細かい彫刻が施された本殿。



普通の遊歩道みたいな所と一体化した公園のような所に鎮座しているが、とてもきちんとした雰囲気であった。
鷲宮神社
7月下旬頃、鷲宮神社でお参りした。東武伊勢崎線鷲宮駅から、徒歩7,8分くらいかな。関東最古と言われているだけあって、敷地内に足を踏み入れた時、思わず「おぉ・・・!」と声を出してしまう程、重厚で厳かな雰囲気であった。




鷲宮神社(わしのみやじんじゃ)とは、埼玉県久喜市鷲宮1丁目に鎮座する神社であります。関東最古の大社といわれております。お酉様の本社とされ天穂日命とその子の武夷鳥命、及び大己貴命を祭神とします。鎌倉時代には幕府による社殿の再建、江戸時代には徳川将軍家から400石の社領を寄進されるなど、各時代の有力者から厚く保護されました(じゃらん観光ガイド)。
















光天之池(みひかりのいけ)鷲宮神社境内に所在している「龍神様が住んでいる」という伝承がある御神池である。古くから所在していたこの池は、経年とともに次第に土砂が水面に流れ込み、長らく地中に埋もれていた。この場を含む境内地にて1999年(平成11年)から境内整備事業の一環として復元作業および土砂の搬出が行われ、今日の姿となっている。復元作業の際に湧き水とともに龍のような霧が噴出し、上空を覆ったという逸話があり、それにより光天之池と名付けられた。他の境内社の社号碑と同様である名前の碑と、朱塗りの鳥居、賽銭箱があり、奥には前述の御池社が鎮座している(Wikipedia)。



他にも、周囲に多くの神様が鎮座していたが、写真はこれくらいで。7月下旬頃は、浦和付近ではほとんど蝉が鳴いていなかったが、こちらでは鳴声が「シャー」と聞こえる程、蝉が鳴いていた。かなり違うものなのだな。電車は20分に1本しか無く、のどかだった・・・。google mapアプリさえあれば、誰も歩いていないような住宅街を彷徨ったりしながら、目的地に辿り着ける(^.^) ありがたい今日この頃。。


みそぎのかみ
お盆休み前の仕事を無事終えた。激疲




帰り道、芝大神宮でお参りした。「みそぎのかみ」と言うおみくじを引いてみた(200円)。






ウェットティッシュかな。いろいろと考えるものだ。おみくじは大吉だった。







浜松町駅から帰宅する事にした。
滅多に行く機会の無い駅では、神社検索をしてみる。



讃岐小白稲荷神社を見つけてお参りした。
讃岐稲荷と小白稲荷を合祀したそうだ。



鳥居が二つ並んでいるのに、拝殿は一緒と言うのは、珍しいのでは。















拝殿



二礼二拍手をすると、拝殿に明かりが灯った(電気が点いた)。これは、初めての体験だなf^^;





先にお参りしてきた芝大神宮と兼務社だそうだ。

白山神社
7月下旬頃、仕事帰りに、文京区にある白山神社でお参りした。



白山神社(はくさんじんじゃ)は、東京都文京区にある神社である。創開は古く、天暦年間(947〜957)に加賀一宮白山神社を現在の本郷一丁目の地に勧請したと伝えられる。後に元和年間(1615〜1624)に2代将軍秀忠の命で、巣鴨原(現在の小石川植物園内)に移ったが、その後五代将軍職につく前の館林候綱吉の屋敷の造営のため、明暦元年(1655)現在地に再度移った。この縁で綱吉と生母桂昌院の厚い帰依を受けた(文京区サイト)。















猫さんが、のんびり佇んでいた。










川崎大師
7月中旬頃、横浜の実家へ行った帰り道、川崎大師でお参りした。子供の頃には、何度か初詣に行った事がある。懐かしいな。


実家で、スイカ(4分の1)、パステルのロールケーキ(一箱)、母親が漬けた梅干し(大量)に重厚な保冷剤をセットした手土産を貰ってしまった(重)。これらを手に提げて(背負っていたリュックに入れたら温まりそうだし)、炎天下に敷地内を目一杯歩き回った(*_*)






もろもろの災厄をことごとく消除する厄除大師として、霊験あらたかなことはむかしから有名で、「厄除けのお大師さま」として親しまれ、関東近県はもとより全国から篤い信仰を集めています。総本山は京都東山七条にある智積院。成田山新勝寺(千葉県成田市)、高尾山薬王院(東京都八王子市)とともに、真言宗智山派の大本山の寺院です(公式サイト)。





多くの神様にお参りして写真もたくさん撮ったけど、超メジャーなので、これくらいで。








風鈴祭りをやっていた。見た目は、ガラス系の方が可愛かったりするけど、鉄系の「チリ・・・・ン」と言う、静かな余韻が続く方が好みだな。











薬師堂だけ、築地本願寺みたいだ。









プリンを巻いてあるロールケーキ(by パステル)は、帰宅しても冷えた状態をキープしていた。美味しかった(^.^)




睦神社

7月中旬頃、武蔵浦和から徒歩10分くらいに鎮座する睦神社でお参りした。


睦神社(むつみじんじゃ) は、埼玉県さいたま市南区にある神社。総本社は富士山本宮浅間大社。調神社の兼務社となっている。

祭神は木花開耶姫命で、水の神、安産・子育ての神、美の神、花の女神である。安産祈願、子育大願、容姿端麗、火防守護などの利益があると言われている。別称は「木花咲耶姫命」。

当地にあった富士浅間社に、1907年に大字浦和領別所(現:さいたま市南区別所)の村社稲荷社、大字浦和領辻(現:さいたま市南区辻)の村社熊野社、大字文蔵(現:さいたま市南区文蔵)の村社神明社及び各々の境内社、大字白幡(現:さいたま市南区白幡)から無格社の諏訪社及び八幡社を合祀、1909年に大字浦和領別所から無格社の神明社・十羅神社・稲荷社(三社)・第六天社(二社)を合祀し、1911年に睦神社と改称。(Wikipedia)






この近くをよく自転車で通るが、神社には気が付かなかったな。











敷地内は、ただただ広い空地だ。容姿端麗のご利益があるような雰囲気ではなさそうな・・・(失礼)。

菊名神社
7月29日にALFFEさん夏イベの為、横浜アリーナへ行った。いつもは新横浜から行くが、菊名駅からも歩いて行けそうな事がわかったので、菊名駅で下車した。駅から徒歩数分程の所に鎮座している菊名神社でお参りした。


菊名町総鎮守八幡神社は明治6年12月村社に列格、同所無格社神明社、同杉山神社、同阿府神社を合併し、昭和10年8月22日社名を菊名神社と改称し、その後氏子区域の発展に伴い、社殿を修築、社務所・神楽殿・その他の施設を完備した。(神奈川県神社庁)。



ビルと一体化してるタイプかな。決して広くは無いけど、きちんとされている雰囲気であった。









手水屋


がまんさま



「がまんさま」手水鉢をささえる四方の支柱になっている鬼の石像のことで、寛政年間(1786〜1801)に築かれたと伝えられる。この「がまんさま」は、長い年月苦難に耐え、同じ仕事に飽きる事なく手水鉢をささえているそのがまん強い姿から、人の道も努力・忍耐こそが開運を招く基であると論している。四体それぞれお顔が違いますよ(公式サイト)。



四体もいらしたとは、気が付かなかったな



近頃、どこかへ遠出する時は、近くに神社が無いか探して訪ねるのが楽しみだ(^.^)


伊勢山皇大神宮
7月上旬頃、横浜の実家へ行った帰り道、日ノ出町から徒歩約10分にある伊勢山皇大神宮でお参りした。


せっかく横浜まで遠出するので、横浜で有名な神社はどこだろうかと検索して見つけた。「横浜総鎮守」だそうだが、知らなかったな。宮司の親族が運営していたホテル絡みで、破産宣告を受けた事もあるそうで、先日読んでいた「アキラとあきら」もそうだったけど、ホテル経営っていろいろと大変だよな。



伊勢山皇大神宮は、天照大御神を御祭神とし、「関東のお伊勢さま」の名称で親しまれている明治初年に国費を以て創建された神社。初詣、七五三、結婚式等、参拝する人が絶えない神奈川県の宗社、横浜の総鎮守(横浜市観光サイト)。













とても厳かな雰囲気であった。

太田窪氷川神社
7月中旬頃、さいたま市南区にある太田窪氷川神社でお参りした。割と近所ではあるけど、知り合いのいない住宅街には余り行かないので、こんな所に神社があるとは知らなかった。


須佐之男命を主祭神とする信仰は、その総本山が大宮の氷川神社です。この氷川神社から分霊して各地に氷川神社が祀られたもので、太田窪氷川神社もその一つで昭和44年には浦和市の指定有形文化財になっています。室町時代末期から桃山時代初期の建立とされ、この付近では数少ない鎮守の森を成し、初詣や盆踊りには多くの人で賑わいをみせています(自治会サイト)










敷地内には、普通の公園があって、子供たちが遊んでいた。ずっと日陰だろうし、暑い夏には良いかも。
称名寺
7月上旬頃、横浜の実家へ行く用事があったので、その前に、金沢文庫駅から徒歩10分ほどにある称名寺へ行った。




金沢山(きんたくさん) 称名寺(真言律宗)。

金沢北条氏一門の菩提寺。鎌倉幕府の要人・北条実時が六浦荘金沢の屋敷内に建てた持仏堂から発展が起源とされます。実時の孫・貞顕の時代には三重の塔を含む七堂伽藍を完備した大寺院として全盛期を迎えました。


朱塗りの赤門をくぐると桜並木の参道が続き、突き当りには仁王門。鎌倉時代に造られた高さ4mの大きな仁王像が出迎えます。仁王門横の通用門を入ると、阿字ヶ池を中心に中之島・反橋・平橋を配した「浄土庭園」が広がります。浄土庭園の向こうには、緑豊かな金沢三山(金沢山・稲荷山・日向山)を背に金堂・釈迦堂・鐘楼(称名晩鐘)があります。


本尊:弥勒菩薩(みろくぼさつ) (国指定重要文化財)
開山:審海上人(しんかいしょうにん)
開基:北条実時(ほうじょうさねとき) 
創建:13世紀中頃(以上、金沢観光サイトより)



上記の説明文通りに、写真を並べた。















とても良い所だったな〜(^.^)木陰で一日中、ぼうっとしていたい感じ。小学生の低学年頃に、遠足で行ったよなぁ♪多分。。