はっさくが、気まぐれに思いのたけを綴っているブログ
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すもも祭り
一昨日20日は、実母が緑内障の手術をすると言うので、2週続けて実家へ行った。緑内障の手術は、10分くらいで終わるそうだけど、その間、呆けた父親の相手をする為に行ったのだ。





実家へ行く前に、大国魂神社へ行った。すもも祭りと言うのを見てみようかなと。







氷の中に、お菓子がたくさん☆




大好きなすももたちが売られていたけど、ここで買ってしまうと実家へ行くまでに重いし傷むしで、買えず。









からす団扇、からす扇子の由緒
神代の昔、農作物の害虫を除き、身に振りかかる様々な災難を祓う方法として、御歳神が「からす扇を以って扇げ」と教えられました。この故事に基づき、からすを描いた団扇・扇子を奉製し、7月20日の「すもも祭」当日に頒布しております。この団扇・扇子で扇ぐと災難が祓われ、玄関先に飾ると家に幸福が訪れるといわれており、厄除・五穀豊穣・悪疫防除の信仰があります(公式)。


からす団扇、
厄除けになりそうなデザインではある。



鳩森八幡神社
7月上旬頃、仕事帰りに東京・千駄ヶ谷駅近くにある鳩森八幡神社でお参りした。

『江戸名所図会』によると大昔、此の地の林の中にはめでたいことが起こる前兆の瑞雲(ずいうん)がたびたび現れ、ある日青空より白雲が降りてきたので不思議に思った村人が林の中に入っていくと、突然白鳩が数多、西に向かって飛び去った。この霊瑞(れいずい)に依り 神様が宿る小さな祠(ほこら)を営み鳩森『はとのもり』と名付けた。貞観2年(860年)、慈覚大師(円仁)が関東巡錫の途中、鳩森のご神体を求める村民の強い願いにより、山城国石清水(男山ともいう)八幡宮に宇佐八幡宮を遷座し給うた故事にのっとり、神功皇后・応神天皇の御尊像を作り添えて、正八幡宮とし尊敬し奉ったと伝えられている(公式サイト)。







富士塚がある。








頂上










甲賀稲荷社





将棋堂(近隣の日本将棋連盟から奉納された大駒を納めた六角堂)。 近頃、話題の将棋会館は隣にあった。




幸運の鳩みくじは、大吉だった(^.^)




余り広いとは言えない敷地内に、いろいろな神様が鎮座しているが、「鳥居の向こうは別世界」と言うよりは、親しみやすい公園と言った雰囲気だ。
十二月田
6月中地頃、元郷氷川神社でお参りした。

元郷氷川神社(もとごうひかわじんじゃ)は埼玉県川口市元郷1丁目の住宅街に鎮座する神社である。正式名称は他の氷川神社同様に「氷川神社」であるが、他と区別するため、鎮座地名を冠し「元郷氷川神社」と称される。創建:16世紀中頃、当時の武将、平柳蔵人が大宮氷川神社を勧請したことに始まる。創建当時は武蔵國四之宮と称されていた。そのためか、当神社には「四ノ宮 氷川大明神」と記された社号額が存在する(Wikipedia)。


普通の「お家」のような拝殿だ。





川口元郷とは、川口と赤羽の間あたりなんだな。普段は、余り用事が無いな(^^;



近くにあった、十二月田(しわすだ)と言う名称が面白いなと、行ってみたが、門がしっかり閉まっていて、お参りは出来なかった十二月田稲荷神社。





岩槻大師
近頃、旬のソルダム・・・



朝の幸せだ。







6月中旬頃、岩槻大師でお参りした。

岩槻大師は、光岩山 釈迦院 岩槻大師 彌勒密寺と号し、奈良時代末期に開かれた真言宗の古刹です。<山号>光岩山 釈迦院 岩槻大師 彌勒密寺。<宗派>真言宗智山派。<御本尊>五大明王。<縁起>開山第一世開成和尚(桓武天皇の兄)が、諸国へ修行の途中、この岩槻の地で疫病に苦しむ人々に出会い、それらを救われ、この地で発見された金色の弥勒菩薩を安置して宝亀5年(774)に創建されたと伝わっています。大同2年(807)弘法大師の諸国巡錫の折り、本尊の大日大聖不動明王を始め、東方守護の降三世明王、南方守護の軍荼利明王、西方守護の大威徳明王、北方守護の金剛夜叉明王を彫像、五大力尊として安置し、岩槻第一の古刹として隆盛を極めました。鎌倉時代には、北条氏の崇敬を得て、藤原吉次鋳造の梵鐘や妙澤筆の不動明王・制多迦童子・今迦羅童子の三福の掛け軸を寄進され、これらは寺宝として伝わっています。江戸時代には、徳川家康が日光東照宮に葬られたあと、御本尊が北向きに動いたと伝わり、日光御成街道沿いでもあることから、江戸の街と東照宮を護る仏として、「北向不動」と称されるようになり、現在では、人々の喜び多かれとの願いに応えるため「喜多向き不動」として親しまれています(さいたま観光サイト)。







写真は撮らなかったけど、靴を脱いで、きちんと中に入ってお参りしました。


西久保八幡神社
7月上旬頃、仕事帰りに神谷町駅近くにある西久保八幡神社でお参りした。



この神社は、寛弘年間(1004年〜1012年)源頼信によって創建され、室町時代の武将で江戸城主となった太田道灌が現在の地に遷したと伝えられる。関ヶ原の戦いに際し、崇源院(2011年NHK大河ドラマ『江〜姫たちの戦国〜』のヒロインお江)は戦勝を祈願し、後に社殿を造営している。もとは、八幡山普門院と号する天台宗の寺院であったが、明治初年の神仏分離の際廃寺となり、神社に改められた。御祭神は、品陀和気命(応神天皇)息長帯比売命(神功皇后)帯中日子命(仲哀天皇)(Wikipedia)。





真正面から撮った写真は、ブレブレだった。残念。








お江さんが必勝祈願をしたような雰囲気はないような気がするけど(失礼)、こんな都会にぽっかりと静かな空間が・・・と言う感じだな。




おみくじ、10円だった。


末吉だったけど、とても良いおことばが書かれていた。

福徳神社
6月下旬頃、出勤前に日本橋・コレド室町近くにある福徳神社でお参りした。


平安時代の貞観年間(859〜876)に創建されたと伝えられる古社。江戸時代初期、徳川二代将軍秀忠公が当社に参詣し、皮付きの椚の鳥居から新芽が萌え出ているのを見て「芽吹稲荷」の別名を下賜されました。江戸時代には富籤興行が許された数少ない一社として栄え、今日でも宝くじの当選祈願をする参拝者が絶えません(東京観光サイト)。













良い感じの庭園(森?)に鎮座する神社だ。


東京薬事協会内から移転して来た薬祖神社でもお参りした。







新曽氷川神社
6月下旬頃、新曽氷川神社でお参りした。往復11kmくらい歩いたかな。運動も兼ねているから。





新曽氷川神社は氷川町2丁目にあり、古くから新曽の鎮守様です。ここの狛犬も左は子供を抱え、右は玉を持っています。左奥に「稲荷大明神」の幟が見えますが、ここも新曽村内の各洞(ほら)の神様を合祀してあります。新曽氷川神社の境内には、高さ10メートルを越える大きな柿の木があります。これは、俗に「夫婦柿」といい、1本の木に雌型(丸形)と雄型(細形)の柿が実る珍しいものです。柿は、一般に雌雄異花といって、1本の木に雌花と雄花ができて授粉し雌花に結実するようになっていますが、この夫婦柿には雄花にも実がなるものです。この雄花の結実は、退化したはずのめしべが突然変異によって不完全ながらその役を取り戻したためと考えられています。この夫婦柿は、市内ではここにしか見られず、市の天然記念物となっています(戸田市観光サイト)。











稲荷大明神



とりあえず何よりも、夫婦柿が有名みたいだな。





久伊豆神社(岩槻)
6月中旬頃、さいたま市岩槻区にある久伊豆神社でお参りした。



創建は古く、一説には約1,400年前欽明天皇の時代に土師氏が出雲から久伊豆明神(大己貴命)の分霊を勧進し岩槻に社殿を建立したのにはじまるとされている。1457年(長禄元年)、太田道灌が岩槻城を築城した際、当社を岩槻城の鎮守とした。久伊豆神社は、埼玉県の元荒川流域を中心に分布する神社である。祭神は大己貴命(大国主)である。久伊豆神社の分布範囲は、平安時代末期の武士団である武蔵七党の野与党・私市党の勢力範囲とほぼ一致している。加須市の玉敷神社(たましきじんじゃ)は、かつて「久伊豆明神」と称しており、久伊豆神社の総本社とされている。1873年に村社、1923年に郷社に列格した。神社では県社への列格を希望していたが、県社に昇格したのは1945年10月19日であった。1875年に不審火により全ての建物が焼失し、1915年までに再建された(wikipedia)。






暗い程の参道を抜けると、




とても美しい神社でした。






県天然記念物指定 大さかき









周囲にいくつも鎮座している神様も、
とてもきちんとされている印象であった。





敷地内で、鶏が放し飼いにされていた。
こうして、普通に動く鶏を見たには久しぶりだな・・・
なんて思っていたら、




孔雀も飼育されていた(^◇^)
ネットが厚くて、よく見えないけど。









神明宮(上落合鎮守)
度々、映画鑑賞の為に足を運ぶ、さいたま新都心駅近くにある神明宮でお参りした。6月中旬頃だったかな。



祭神は天照大御神。上落合の鎮守。当社の創建年代は不詳ですが、伝えによると伊勢参宮を行った村人が御師から御祓大麻を受け、これを当地に祀ったことによると伝えられています。氷川神社で8月2日に行う神幸祭と橋上祭に使用される小麦藁で作られた薦(こも)は、江戸時代から当社の氏子が奉納しています(埼玉神社庁)。











写真で狭い範囲だけ切り取ると、とても静かな所に見えるのが、神社の特徴だよな(ま、なんでもそうか)。周辺は、大型のいろんなものだらけだ。




元神明宮
6月下旬頃、仕事帰りに元神明宮でお参りした。


元神明宮(もとしんめいぐう)は、東京都港区三田一丁目に鎮座する神社である。社伝によると、寛弘2年(1005年)に一条天皇の勅命により創建され、渡辺綱の産土神であったことから、多くの武人に崇敬されたという。また、江戸時代に徳川将軍家の命により神体や神宝が飯倉神明(現芝大神宮)に移されることになったが、氏子・崇敬者の熱意により境内に神体を隠し留め、これを昼夜警護したとも伝えられ、「元神明宮」と称して、藩邸が隣接した有馬氏を始め、広く衆庶の崇敬を集めたという。大正の関東大震災や昭和の東京大空襲等の災厄から氏子・崇敬者を守ったとされたことから、厄除けの神としても崇敬を受け、平成17年(2005年)9月には、「御鎮座壱千年」の記念事業を行った。社殿と行き来できる賃貸ビルを経営している。(Wikipedia)





ビルと言うか、マンションの2階部分に拝殿、本殿が組み込まれている感じだ。


こんな感じのビル






拝殿







うわぁ〜斬新・・・と思ったが、6月末にお参りした烏森神社もそんな感じだったな。都会的なのかも。



麻布十番駅から、地下鉄で帰宅した。
途中、咲いていた紫陽花。