はっさくが、気まぐれに思いのたけを綴っているブログ
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称名寺
7月上旬頃、横浜の実家へ行く用事があったので、その前に、金沢文庫駅から徒歩10分ほどにある称名寺へ行った。




金沢山(きんたくさん) 称名寺(真言律宗)。

金沢北条氏一門の菩提寺。鎌倉幕府の要人・北条実時が六浦荘金沢の屋敷内に建てた持仏堂から発展が起源とされます。実時の孫・貞顕の時代には三重の塔を含む七堂伽藍を完備した大寺院として全盛期を迎えました。


朱塗りの赤門をくぐると桜並木の参道が続き、突き当りには仁王門。鎌倉時代に造られた高さ4mの大きな仁王像が出迎えます。仁王門横の通用門を入ると、阿字ヶ池を中心に中之島・反橋・平橋を配した「浄土庭園」が広がります。浄土庭園の向こうには、緑豊かな金沢三山(金沢山・稲荷山・日向山)を背に金堂・釈迦堂・鐘楼(称名晩鐘)があります。


本尊:弥勒菩薩(みろくぼさつ) (国指定重要文化財)
開山:審海上人(しんかいしょうにん)
開基:北条実時(ほうじょうさねとき) 
創建:13世紀中頃(以上、金沢観光サイトより)



上記の説明文通りに、写真を並べた。














とても良い所だったな〜(^.^)木陰で一日中、ぼうっとしていたい感じ。小学生の低学年頃に、遠足で行ったよなぁ♪多分。。



諏方神社
7月上旬頃、西久保八幡神社でお参りした後、神谷町から地下鉄に乗り、西日暮里駅でJRに乗り換えたので、近くに鎮座している諏方神社でお参りした。


近隣の人々から「おすわさま」として親しまれる諏方神社は、JR山手線・京浜東北線の西日暮里駅と日暮里駅の間の、線路を見下ろす眺めのいい高台(諏訪台)に鎮座する神社だ。祭神は建御名方命。全国におよそ25,000社あるといわれる諏訪神社(諏訪大社を本社とする諏訪信仰の神社)の一つで、創建は1202年(元久2年)、鎌倉時代の武将・豊島佐衛門尉経泰によって諏訪大社より勧請されたのがその始まりと伝えられている。

文安年間(1444年〜1449年)に太田道灌が神領を寄進、さらに江戸時代には徳川三代将軍家光から社領5石の朱印を与えられている。現在の場所に社殿が造営されたのは1635年(?永12年)。以降、かつて新堀村と呼ばれた今の日暮里周辺から、谷中生姜で知られる谷中周辺にかけての総鎮守として人々の崇敬を受け、現在も地域の人々に広く信仰されている。例年8月の末に行われる例大祭では、境内及び周辺道路に露店が立ち並び、多くの人々で賑わう(Japanwebmagazine)。










富士見坂




すっぽりと異空間。



近くに緑の多い整備された公園もあって、駅からすぐ近くなのに、とても良い感じであった。

すもも祭り
一昨日20日は、実母が緑内障の手術をすると言うので、2週続けて実家へ行った。緑内障の手術は、10分くらいで終わるそうだけど、その間、呆けた父親の相手をする為に行ったのだ。





実家へ行く前に、大国魂神社へ行った。すもも祭りと言うのを見てみようかなと。







氷の中に、お菓子がたくさん☆




大好きなすももたちが売られていたけど、ここで買ってしまうと実家へ行くまでに重いし傷むしで、買えず。









からす団扇、からす扇子の由緒
神代の昔、農作物の害虫を除き、身に振りかかる様々な災難を祓う方法として、御歳神が「からす扇を以って扇げ」と教えられました。この故事に基づき、からすを描いた団扇・扇子を奉製し、7月20日の「すもも祭」当日に頒布しております。この団扇・扇子で扇ぐと災難が祓われ、玄関先に飾ると家に幸福が訪れるといわれており、厄除・五穀豊穣・悪疫防除の信仰があります(公式)。


からす団扇、
厄除けになりそうなデザインではある。



鳩森八幡神社
7月上旬頃、仕事帰りに東京・千駄ヶ谷駅近くにある鳩森八幡神社でお参りした。

『江戸名所図会』によると大昔、此の地の林の中にはめでたいことが起こる前兆の瑞雲(ずいうん)がたびたび現れ、ある日青空より白雲が降りてきたので不思議に思った村人が林の中に入っていくと、突然白鳩が数多、西に向かって飛び去った。この霊瑞(れいずい)に依り 神様が宿る小さな祠(ほこら)を営み鳩森『はとのもり』と名付けた。貞観2年(860年)、慈覚大師(円仁)が関東巡錫の途中、鳩森のご神体を求める村民の強い願いにより、山城国石清水(男山ともいう)八幡宮に宇佐八幡宮を遷座し給うた故事にのっとり、神功皇后・応神天皇の御尊像を作り添えて、正八幡宮とし尊敬し奉ったと伝えられている(公式サイト)。







富士塚がある。








頂上










甲賀稲荷社





将棋堂(近隣の日本将棋連盟から奉納された大駒を納めた六角堂)。 近頃、話題の将棋会館は隣にあった。




幸運の鳩みくじは、大吉だった(^.^)




余り広いとは言えない敷地内に、いろいろな神様が鎮座しているが、「鳥居の向こうは別世界」と言うよりは、親しみやすい公園と言った雰囲気だ。
十二月田
6月中地頃、元郷氷川神社でお参りした。

元郷氷川神社(もとごうひかわじんじゃ)は埼玉県川口市元郷1丁目の住宅街に鎮座する神社である。正式名称は他の氷川神社同様に「氷川神社」であるが、他と区別するため、鎮座地名を冠し「元郷氷川神社」と称される。創建:16世紀中頃、当時の武将、平柳蔵人が大宮氷川神社を勧請したことに始まる。創建当時は武蔵國四之宮と称されていた。そのためか、当神社には「四ノ宮 氷川大明神」と記された社号額が存在する(Wikipedia)。


普通の「お家」のような拝殿だ。





川口元郷とは、川口と赤羽の間あたりなんだな。普段は、余り用事が無いな(^^;



近くにあった、十二月田(しわすだ)と言う名称が面白いなと、行ってみたが、門がしっかり閉まっていて、お参りは出来なかった十二月田稲荷神社。





岩槻大師
近頃、旬のソルダム・・・



朝の幸せだ。







6月中旬頃、岩槻大師でお参りした。

岩槻大師は、光岩山 釈迦院 岩槻大師 彌勒密寺と号し、奈良時代末期に開かれた真言宗の古刹です。<山号>光岩山 釈迦院 岩槻大師 彌勒密寺。<宗派>真言宗智山派。<御本尊>五大明王。<縁起>開山第一世開成和尚(桓武天皇の兄)が、諸国へ修行の途中、この岩槻の地で疫病に苦しむ人々に出会い、それらを救われ、この地で発見された金色の弥勒菩薩を安置して宝亀5年(774)に創建されたと伝わっています。大同2年(807)弘法大師の諸国巡錫の折り、本尊の大日大聖不動明王を始め、東方守護の降三世明王、南方守護の軍荼利明王、西方守護の大威徳明王、北方守護の金剛夜叉明王を彫像、五大力尊として安置し、岩槻第一の古刹として隆盛を極めました。鎌倉時代には、北条氏の崇敬を得て、藤原吉次鋳造の梵鐘や妙澤筆の不動明王・制多迦童子・今迦羅童子の三福の掛け軸を寄進され、これらは寺宝として伝わっています。江戸時代には、徳川家康が日光東照宮に葬られたあと、御本尊が北向きに動いたと伝わり、日光御成街道沿いでもあることから、江戸の街と東照宮を護る仏として、「北向不動」と称されるようになり、現在では、人々の喜び多かれとの願いに応えるため「喜多向き不動」として親しまれています(さいたま観光サイト)。







写真は撮らなかったけど、靴を脱いで、きちんと中に入ってお参りしました。


西久保八幡神社
7月上旬頃、仕事帰りに神谷町駅近くにある西久保八幡神社でお参りした。



この神社は、寛弘年間(1004年〜1012年)源頼信によって創建され、室町時代の武将で江戸城主となった太田道灌が現在の地に遷したと伝えられる。関ヶ原の戦いに際し、崇源院(2011年NHK大河ドラマ『江〜姫たちの戦国〜』のヒロインお江)は戦勝を祈願し、後に社殿を造営している。もとは、八幡山普門院と号する天台宗の寺院であったが、明治初年の神仏分離の際廃寺となり、神社に改められた。御祭神は、品陀和気命(応神天皇)息長帯比売命(神功皇后)帯中日子命(仲哀天皇)(Wikipedia)。





真正面から撮った写真は、ブレブレだった。残念。








お江さんが必勝祈願をしたような雰囲気はないような気がするけど(失礼)、こんな都会にぽっかりと静かな空間が・・・と言う感じだな。




おみくじ、10円だった。


末吉だったけど、とても良いおことばが書かれていた。

福徳神社
6月下旬頃、出勤前に日本橋・コレド室町近くにある福徳神社でお参りした。


平安時代の貞観年間(859〜876)に創建されたと伝えられる古社。江戸時代初期、徳川二代将軍秀忠公が当社に参詣し、皮付きの椚の鳥居から新芽が萌え出ているのを見て「芽吹稲荷」の別名を下賜されました。江戸時代には富籤興行が許された数少ない一社として栄え、今日でも宝くじの当選祈願をする参拝者が絶えません(東京観光サイト)。













良い感じの庭園(森?)に鎮座する神社だ。


東京薬事協会内から移転して来た薬祖神社でもお参りした。







新曽氷川神社
6月下旬頃、新曽氷川神社でお参りした。往復11kmくらい歩いたかな。運動も兼ねているから。





新曽氷川神社は氷川町2丁目にあり、古くから新曽の鎮守様です。ここの狛犬も左は子供を抱え、右は玉を持っています。左奥に「稲荷大明神」の幟が見えますが、ここも新曽村内の各洞(ほら)の神様を合祀してあります。新曽氷川神社の境内には、高さ10メートルを越える大きな柿の木があります。これは、俗に「夫婦柿」といい、1本の木に雌型(丸形)と雄型(細形)の柿が実る珍しいものです。柿は、一般に雌雄異花といって、1本の木に雌花と雄花ができて授粉し雌花に結実するようになっていますが、この夫婦柿には雄花にも実がなるものです。この雄花の結実は、退化したはずのめしべが突然変異によって不完全ながらその役を取り戻したためと考えられています。この夫婦柿は、市内ではここにしか見られず、市の天然記念物となっています(戸田市観光サイト)。











稲荷大明神



とりあえず何よりも、夫婦柿が有名みたいだな。





久伊豆神社(岩槻)
6月中旬頃、さいたま市岩槻区にある久伊豆神社でお参りした。



創建は古く、一説には約1,400年前欽明天皇の時代に土師氏が出雲から久伊豆明神(大己貴命)の分霊を勧進し岩槻に社殿を建立したのにはじまるとされている。1457年(長禄元年)、太田道灌が岩槻城を築城した際、当社を岩槻城の鎮守とした。久伊豆神社は、埼玉県の元荒川流域を中心に分布する神社である。祭神は大己貴命(大国主)である。久伊豆神社の分布範囲は、平安時代末期の武士団である武蔵七党の野与党・私市党の勢力範囲とほぼ一致している。加須市の玉敷神社(たましきじんじゃ)は、かつて「久伊豆明神」と称しており、久伊豆神社の総本社とされている。1873年に村社、1923年に郷社に列格した。神社では県社への列格を希望していたが、県社に昇格したのは1945年10月19日であった。1875年に不審火により全ての建物が焼失し、1915年までに再建された(wikipedia)。






暗い程の参道を抜けると、




とても美しい神社でした。






県天然記念物指定 大さかき









周囲にいくつも鎮座している神様も、
とてもきちんとされている印象であった。





敷地内で、鶏が放し飼いにされていた。
こうして、普通に動く鶏を見たには久しぶりだな・・・
なんて思っていたら、




孔雀も飼育されていた(^◇^)
ネットが厚くて、よく見えないけど。