はっさくが、気まぐれに思いのたけを綴っているブログ
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白金氷川神社
過ぎた話。5月4日に、都心に出る用事があったので、その前に白金に鎮座する氷川神社でお参りした。



日本武尊が東征の折に大宮氷川神社を遥拝した当地に、白鳳時代に創建されたと伝えられている。
江戸時代中期の明和9年(1772年)明和の大火により焼亡し、江戸後期に社殿が再建された。太平洋戦争末期の昭和20年(1945年)空襲によって江戸後期の社殿が焼亡した。現在の社殿は昭和33年(1958年)に竣工したものである。御祭神は、素盞嗚尊、日本武尊、櫛稲田姫(Wikipedia)。




素晴らしい晴天の昼間だったもので、写真撮影では逆光になってしまい青みがかってしまった。


拝殿




狛犬さん 愉しげな様子に和む。






境内社


建武神社


工事中だが鮮やかだ。




お稲荷さん




狐さん




入口の凛々しい狛犬さん。





立派な鳥居は、青い線がかかってしまった。ブリーチ加工してみたが・・・残念。






本来の目的は、こちらのお祭りだった。


覚林寺(かくりんじ)。東京都港区白金台一丁目にある、日蓮宗の寺院。山号は最正山。加藤清正の位牌や像が祀られていることから清正公(せいしょうこう)と通称される。付近の住民からは「清正公さま」と呼ばれ、勝負祈願の寺として信仰を集めている。旧本山は大本山誕生寺。毎年5月4日・5日 - 清正公大祭。清正公像が開帳され、菖蒲の入った勝守りが授けられる(Wikipedia)。


外観



拝殿前から、外まで行列していたので、遠くから手をあわせた。





屋台もたくさん出て、大変な賑わいであった。

烏森神社のお祭り
過ぎた話。5月5日は、烏森神社のお祭りだった。御神輿を見たくて、それだけの為に新橋へ行った。


本社大神輿について
昭和五年十一月、名称と謳われた神田田代町の神輿師[だし鉄]こと山本正太郎作、八つ棟型の大神輿(通称千貫神輿)、台輪四尺二寸、蕨手に鳥を置き、だし鉄の最高作とも言われている。四面ある屋根の各面に切妻が載っている八つ棟型の神輿は大層珍しく、当社の神輿ほど大きなものは類をみない。この本社大神輿は二年に一度、五月五日の例大祭には新橋駅前を宮出とし、氏子町会を渡御する(公式サイト)。



列の先頭だった・・・が、何かわからない。




御神輿 やはりカラスが印象的だな。






駅前に祀られていた。




境内のお供え(?)


神輿、御輿(みこし、しんよ)は、通常、神道の祭の際に、普段は神社にいる神霊が氏子町内、御旅所などへ渡御するに当たって一時的に鎮まるとされる輿である。輿であるから通常は担ぎ上げて移動するものを指して言うが、それを台車(御所車、牛車)に乗せて曳くものなど別形態のものも指すことがある。祭りによっては、御輿の巡行に山車(山)、鉾(ほこ)、だんじり、などの屋台が随行することもある(Wikipedia)。





お祭りって、なんとなく盛り上がっていたけど、こう言う事だったんだと、今更ながら知りました。


子安神社
4月中旬頃、ALFEEさんのコンサートで八王子へ行った時に、コンサートが始まる前に子安神社でお参りした。駅から近いと言う理由で足を運んでみた。

当神社は当市最古の歴史を持ち、今を去る千二百余年、青丹よし奈良の都は天平宝字三年、橘右京少輔なる者、時の帝の皇后の御安産祈願のため草創したと伝えられ、以後安産の神として近郷の崇敬はもとより、古来の武将の尊崇篤く八幡太郎義家奥州下降の砌、戦勝を祈念して欅十八本を奉納、これを船形に植樹した事により、以降この森を船森と称し、鎌倉時代末期には楠正成の居城として、難攻不落とされた赤坂城合戦の折の勇士として太平記の美分に綴られた、人見四郎入道光行寄進の神櫃があり、近世では徳川三大将軍家光以降代々の将軍家より、朱印を受けた事により、三つ葉葵を当社の紋にして使用しております。近くは明治五年、時の政府より村社に列せられ、さらに昭和十八年郷社に昇格せられました。古来、八王子は素より多西郡と呼ばれた多摩川の西側の総鎮守として崇敬を蒐めております。御祭神は木花開耶姫命、天照大御神、素盞鳴尊、大山咋命、奇稲田姫命(公式サイト)。


拝殿




明るい色の鳥居。





境内社もきちんとされている印象であった。


金比羅社は、時間が遅かったから閉まっていた。


祖霊社


神水殿


鳥居





厳島神社





雨が降っていたので、写真もブレたりしているが、とても素敵な空間であった。

木曽呂の富士塚
4月中旬頃、東浦和付近を散策した。近いようで、余り行く機会がない。道を間違えた為に目の前を通ったのでお参りした大間木氷川神社。


寛文七年(1667)、武蔵国一宮氷川神社(大宮市)の造替にあたり、旧本殿を買受けて建立したとある。

こんもりした山型の台座と一体化する狛犬さんに出会った。




周囲に多くの境内社が鎮座している。







富士塚は、色々なタイプがあってなかなか面白いので、東浦和にあると言うので行ってみた。


木曽呂の富士塚(国指定重要民俗文化財)
寛政12年(1800)に丸参講の信者蓮見知重の発願で造られた埼玉県で最古の富士塚。高さ5.4m、直径20m。富士塚とは誰もが富士登山できるように富士山を模して土を盛って造られた塚で、頂上には火口を見立てた穴がありお鉢巡りができ、中腹には穴が開けられ胎内巡りができるようになっている(現在は穴は塞がれている)。川口市郷土文化財コレクション




富士山のよう?






一応登ってみたが、何もなかった(^^;




こちら迄、見沼通船掘沿いを歩いた。小さな神社が点在しており、写真を撮ったり、お参りもしたが省略。。


見沼通船掘
パナマ運河より180余年も前の享保16年(1731年)に開通した閘門式運河(本流と用水の水位差がある場合に閘門を使って水位を調整しながら通船させるもの)で、この開通によって江戸との産業交流はおおいに発展しました。
<鈴木家住宅>通船堀の近くには、幕府から通船の差配役を任されていた鈴木家の住宅(江戸後期の建築)が残っており、一部の建物が土・日曜日の10時〜16時のみ公開されています(さいたま市観光サイト)。


散歩するには、良い雰囲気だ。


あ!お寺かも!と近づいていったのが鈴木家であった。



東伏見稲荷神社
4月中旬頃、ALFEEさんのコンサートで八王子へ行く前に東伏見稲荷神社でお参りした。


東伏見稲荷神社(ひがしふしみいなりじんじゃ)は東京都西東京市に鎮座する神社である。京都の伏見稲荷大社の分霊を勧請して創建された。なお、東伏見という地名はこの神社が出来てからついた地名で、それにあわせて西武新宿線の駅名も上保谷から東伏見に変更された。伏見稲荷大社の祭神の中から、宇迦御魂大神、佐田彦大神、大宮能売大神の3柱を勧請し、この3座を「東伏見稲荷大神」と総称している。関東地方の稲荷神を信仰する信者たちの希望により、1929年(昭和4年)に稲荷神の総本社である伏見稲荷大社から分霊を勧請して創建された(Wikipedia)。



駅前にすぐ鳥居がある。



次の鳥居


到着。駅から徒歩10分くらいかな。





立派な狐さん




拝殿






お塚参道入口と書いてあったので入ってみた。



お塚ってなあに?
稲荷大神様に別名をつけて信仰する人々が、石にそのお名前を刻んで、お山に奉納したもの(伏見稲荷大社公式サイト)。


入ると奉納されたたくさんの鳥居、のぼり、そして小さな祠が点在していた。


案内図


一応、たくさん写真を撮影したりお参りしもしたが、狛犬さんが可愛かったこちらだけ(そんな理由ですみません(^^;)。


八幡大神


狛犬さん








本殿もご立派だ。


水色の天水桶。



色鮮やかな別世界であった。

慈恩寺
4月中旬頃、東武鉄道東武野田線豊春駅下車 徒歩25分に鎮座する慈恩寺でお参りした。


慈恩寺は、華林山最上院ともいい、天長元年(824)に慈覚大師によって開かれた天台宗の古刹です。江戸時代には徳川家康から寺領100石を拝領していたこともあり、坂東三十三ヶ所観音霊場の十二番札所でもあることから、今も境内は参拝や観光に訪れる人々で賑わっています(公式サイト)。


本堂


南蛮鉄灯籠(1589年伊達与兵衛房実が寄進したもの。さいたま市有形文化財)





甘い匂いの藤が咲いている時期だった。





境内の十三重霊骨塔には、中国の古典『西遊記』でおなじみの三蔵法師玄奘の遺骨が分骨され、安置されています(公式サイト)。


境内と言っても本堂から10分位歩いた。静かな住宅街を一気に華やかにする中華風の門だ。









静かな静かな町であった。
一富士二鷹三茄子
4月中旬頃、駒込付近を散策した。駒込天祖神社でお参りした後、駒込富士神社でお参りした。


駒込富士神社(こまごめふじじんじゃ)は、東京都文京区本駒込にある神社。祭神は木花咲耶姫(このはなさくやひめ)建立年は不明。拝殿は富士山に見立てた富士塚の上にある。江戸期の富士信仰の拠点の一つとなった。現在に至るまで「お富士さん」の通称で親しまれている石碑が数多く飾られている。初夢で有名な「一富士、二鷹、三茄子」は、周辺に鷹匠屋敷があった所、駒込茄子が名産物であった事に由来する。「駒込は一富士二鷹三茄子」と当時の縁起物として川柳に詠まれた(Wikipedia)。



鳥居


数ある富士塚の中でも、かなり凝った造りだ。




やっぱり階段を上る。


拝殿 白とエメラルドグリーンを基調としている。




階段 上から見ると凄い傾斜だ。




その後、JR田端駅を目指している所で見かけた上田端八幡神社でお参りした。


江戸時代、田端村は上田端と下田端にわかれていて、この八幡神社は上田端の鎮守で品陀別命(ほんだわけのみこと)を祀る。文治5年(1189)に源頼朝が、この地の豪族豊島氏と共に奥州の藤原一族を平定し、その帰路に鎌倉八幡宮を勧請したといわれている。境内に白髭神社、稲荷神社、大山祇(ずみ)神社が祭られ神社脇には八幡坂が延びている(Journal4)。


鳥居


拝殿


正面から見た雰囲気の割には、しっかりとした本殿だ。



更に、少し歩いた所に鎮座する田端日枝神社。

小さいが山王鳥居だ。


虫がいっぱいいたので、早々に退散した。






田端駅周辺を歩いたのは初めてだ。静かですっきりして良い雰囲気だった。寂れている訳でもなく、生活するには丁度良い感じだ。


駒込天祖神社
4月中旬頃、駒込付近を散策した。南北線本駒込駅から徒歩10分位の所に鎮座する駒込天祖神社でお参りした。

御祭神は天照皇大神。当社は文治五年(1189年)源頼朝が奥州藤原泰衡追討の途中、この地に立寄り、夢のお告げで松の枝に大麻がかかっているのを見つけた。頼朝は征討のよい前触れと喜び、この地に神明宮を建立したのが、神社の起源といわれる(東京神社庁)。




拝殿 白とエメラルドグリーンを基調としている。




本殿


神木


狛犬さん ヨーゼフっぽい







鳥居





お地蔵さん


境内社 




なんとも良い雰囲気だ。


仙波浅間神社
4月上旬頃、川越を散策した。度々散策しているな(^^ゞ 仙波浅間神社でお参りした。



川越市富士見町、「川越駅」東口より徒歩12分ほどの場所に「仙波浅間神社(せんばせんげんじんじゃ)」があります。平安時代の武将「源頼義」がこの地に分霊をしたことにはじまり、それぞれの時代にそれぞれの人々が篤い信仰をして現在に至っています。仙波浅間神社の社殿が乗っかっている小山は、「浅間神社古墳」という古墳です。全部で6基ある小仙波古墳群の1つです。別名母塚」と呼ばれ、ここより約300m程歩いた場所には父塚(愛宕神社古墳)があります。高さ5.8m、径が4.2mほどの大型円墳で、墳頂は神社社殿によってかなり削られてしまっているようです。また、古墳の周囲には低い部分があることから周溝(古墳のまわりをめぐらされた溝)があったと考えれれています(以下説明は、川越観光サイトから引用)。



やはり階段


拝殿





富士塚の本殿
拝殿の裏には、溶岩を積み上げた本殿。その両端には神の使いであるお猿が本殿を守っています。



境内社


噴火口に見立てた穴




鳥居








川越城の方面へ歩いて行くと川越城富士見櫓跡と言う看板があったので、とりあえず階段を上がってみた。


かつて、この高台の上に川越城一の高さを誇った富士見櫓が建てられていました。川越城には天守閣が無かったので、この富士見櫓が天守閣代わりとして、見張りや防戦の足場として活躍をしていました。明治維新後に川越城は取り壊しが行われ、現存する遺構は少なく、富士見櫓跡はその貴重な存在の一つとなっています。


櫓跡


階段を上がってみた


富士見稲荷さんだ


狐さん 勢いがある









隣には御嶽神社






櫓跡は、立ち入り禁止と書いてあった。

住吉神社
4月上旬頃、仕事帰りに月島駅から10分位歩いて、住吉神社でお参りした。住吉三神が祀られている社でお参りするのは初めてだ。


御祭神は、底筒之男命(そこづつのおのみこと)、中筒之男命(なかづつのおのみこと)、表筒之男命(うわづつのおのみこと)、息長足姫命(おきながたらしひめのみこと)、徳川家康(とくがわいえやす)。天正十八年徳川家康の命により大阪佃の人々が江戸へ下る際、田蓑神社の分神霊を奉載し正保三年現在の地に遷座した。社前が諸国の廻船が多く通る湊であったので、海運業、各問屋組合からも信仰を集めた(東京神社庁)。

住吉三神:『日本書紀』では主に底筒男命(そこつつのおのみこと)・中筒男命(なかつつのおのみこと)・表筒男命(うわつつのおのみこと)、『古事記』では主に底筒之男命・中筒之男命・上筒之男命(読み同じ)と表記される3神の総称である。住吉大神ともいうが、この場合は住吉大社にともに祀られている息長帯姫命(神功皇后)を含めることがある。海の神、航海の神、和歌の神とされるほか、オリオン座の三つ星に由来するとする説もあ(Wikipedia)。




鳥居


陶製の扁額。有栖川宮幟仁親王が書かれた。


拝殿


歴史を感じる匂いと味わい深い雰囲気であった。



レンガ造りの旧神輿庫。先日、レンガ造りの灯篭を言うのを見たが、神社とレンガと言う組み合わせに違和感があったけど、意外とあるものなのね。




重厚な賽銭箱。




龍神社。レトロな電灯が何とも良い感じだ。




境内社


藤の花が咲いて、甘〜い香りが漂っていた。




入船稲荷神社


彫刻が素敵だ。









水の気配を感じて歩いて行くと、赤い鳥居があった。ここが正しい入口だったのかな。大体、駅から歩いて神社を目指すと裏門みたいな所から境内に入ってしまう事が多い。



つくだ大橋。夕暮れの良〜い感じの風景。ずっと眺めていられそうだ。


灯台かな?





月島駅から住吉神社を目指して歩いている途中で見かけた於咲稲荷大明神、浪除稲荷大明神でお参りした。小さいけれど、地元の方々に大切にされているようだ。
















月島と言う町は、風情があるわ。ここって入っていいのかな?人ん家かな?と言うような細い路地がたくさんある。仕事帰りに何とも癒された。