はっさくが、気まぐれに思いのたけを綴っているブログ
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氷川女体神社
3月中旬頃、氷川女体神社でお参りした。


御由緒:今から2,000年前の昔、第10代崇神天皇の時代に勧請をしたと伝えられていますが、実際は奈良時代(710〜794)の建立のようです。氷川女體神社の「女體」は、御祭神である稲田姫命(いなだひめのみこと)に由来しています。

日本書紀のなかでは、稲田姫命は須佐之男命(すさのおのみこと)がヤマタノオロチ退治の際に助けて妃にした姫とされています。また、一説には、当社(女體社)と、大宮区高鼻町にある大宮氷川神社(御祭神:須佐之男命・男体社)、見沼区中川にある中山神社(御祭神:大己貴命・王子社)の三社を合わせて、武蔵国一宮と称されていたとも伝えられています。実際に三社は一直線場に配置されており、氷川女體神社の拝殿には、武蔵国一宮の扁額が掲げられています。

中世以来、武門の崇敬を集めており、鎌倉北条氏、岩槻太田氏、小田原北条氏などにゆかりある書物や宝物が多く所蔵され、徳川将軍家からも社領50石を寄進されています。一般公開はしていませんが、所蔵する文化財が多いことで知られ「埼玉の正倉院」とも呼ばれています。

御祭神は、稲田姫命(いなだひめのみこと)、三穂津姫命(みほつひめのみこと)、大己貴命(おおなむちのみこと)(さいたま市観光情報サイト)。




見沼公園の近くにある。以前、この近くをよく走っていたのに、全然気付かなかったな。いつも同じような感想だがf(^^;興味がなかったしな。








中山神社
3月中旬頃、中山神社でお参りした。中氷川神社とも呼ばれるらしい。


崇神天皇2年(紀元前95年)創建と伝えられ、氷川女体神社と同年代の創建となる。「中氷川」の由来は、氷川神社と氷川女体神社の中間に位置することから付けられたという。社伝では、鎮火祭(後述)の火により「中氷川」の氷が溶け、「中川」の地名になったとされる。天正19年(1591年)徳川家康から社領15石の朱印を受けた。明治40年(1907年)周辺の神社を神社合祀し、鎮座地の中川の「中」と、江戸期の新田開発以来、氏子付き合いを深めてきた上山口新田の「山」を合わせて、中氷川神社から中山神社へ改称した。御祭神は、大己貴命 (おおなむちのみこと) - 大国主の別名(wikipedia)。


第二産業道路を大宮方面へ行く途中にある。鳥居をくぐると、ぐっと空気が変わる感じが好きだ。












第二産業道路は、さいたまシティマラソンで何度か走ったけど、神社があったとは、気付かなかったな。


賽銭箱の横に、置いてあった砂。ありがたくいただいた。



サクラチル
ヘンな天気だった。桜も散ってしまう。



塩釜神社
昨日、仕事帰りに新橋・塩釜公園内にある塩釜神社でお参りした。桜が綺麗に咲いている。安産の神様で有名だと言う事くらいしかわからない。



隣には、いかにも縁起が良さそうなSMILYさんが、鎮座していた。

鶴ヶ丸八幡神社
1月下旬頃、川口市芝にある鶴ヶ丸八幡神社でお参りした。ここは、たまに近くを自転車で通る。参道が長く、中に入るのをなんとなく躊躇してしまい、これまではお参りした事は無かった。


寛永4年(1627)に、代官熊沢三郎左衛門忠勝が安房の鶴ヶ谷八幡神社を移し造ったものです。社殿は正面三間、側面二間、切妻造りで軒二軒繁棰の大きな流れ造りで、強固な外観を呈しています(川口の文化財サイトより)。







サクラサク
東京は、桜の開花が早かったな。先週の金曜日に、出社前に散策した。


増上寺のしだれ桜☆



寺院の名称はわからないが、素敵だった☆



上野恩賜公園



上野は、本当にインターナショナル。外国人がた〜くさん。花見の場所取りも凄かった。夜は本降りの雨だったけど、花見は出来たのでしょうか・・・。

浦和界隈の桜は、一分咲きくらいかな。

ボケ防止
今年に入ってから、神社・仏閣巡りをしている。初詣をした事で、あちこち行ってみようかなと思っただけだが、知らなかった事がたくさんあるものだ、と感心しきり。まだまだ全く浅いけど、勉強になる。先日、まんが版の「日本書紀」を読んでみた。今は、「古事記」を読んでいる(これもまんが版だけどf^^;)。そのうち、まんがじゃない方も読んでみたい。


神社・仏閣巡りの良い所は、普段は利用しない駅で下車して、知らない道を歩いたりして楽しい上、ボケ防止になる。参道が長かったり、駅から遠かったりと、運動になる。鳥居や山門を通った時に、ぐっと空気が変わる感じが好きだ。雰囲気に影響されやすいと言うのもあるけどねf^^;単純に建造物として見ても美しい。





稲荷神社には、朱色の鳥居がたくさんあるのは、何故??


願い事が「通る」或いは「通った」御礼の意味から、鳥居を奉納する習慣が江戸時代以降に広がった結果です。現在は約1万基の鳥居がお山の参道全体に並んで立っています(伏見稲荷大社公式サイトより)。


赤坂・日枝神社の稲荷参道









桜の季節到来で、散策が楽しみだ桜

新年度
昨日、3月31日に大野くんのラジオ番組は終わってしまった。最終日は、14年半の間、仕事を共にしたと言うディレクター青木さんが登場して、思い出話しをしていた。青木さんが、最後にかける曲として大野くんのソロ♪HIT THE FLOORをリクエストした。そして最後の最後に、「大野くん、ソロアルバムを作って欲しい」と発言していたひらめきそうそう、わたくしも是非聴いてみたい、大野くんのソロアルバムき
大國魂神社
2月下旬頃、府中にある大國魂神社でお参りした。CMで名称を耳にした事が多い。


大國魂大神[おおくにたまのおおかみ]を武蔵の国の守り神としてお祀りした神社です。この大神は、出雲の大国主神と御同神で、大昔、武蔵の国を開かれて、人々に衣食住の道を教えられ、又、医療法やまじないの術も授けられた神様で、俗に福神、又は縁結び、厄除け・厄払いの神として著名な神様です。御祭神は、小野大神・小河大神・氷川大神・秩父大神・金佐奈大神・杉山大神・御霊大神・国内諸神(公式サイト)。


荘厳な雰囲気で、違う空気が漂うような感じであった。










御守りは、壁に掛けてある。







2月下旬頃に、明治神宮でお参りした。説明無用ですね。平日の午後でも、観光客が大勢いて、写真にも人々が大勢写ってしまうので、アップロード出来るのは、鳥居だけかな。



原宿駅を出てすぐの鳥居を通ってから、拝殿まで続く長い参道を歩いているだけで、パワーを貰えるような気がする(影響されやすいと言うのもある)。


途中、真新しい鳥居があった。昨年10月に完成したそうだ。




明治神宮(渋谷区代々木神園町)の本殿そばにある南玉垣(たまがき)鳥居(第三鳥居)が生まれ変わり、二十六日、参拝者らにお披露目された。竣工(しゅんこう)式とくぐり始めで、神職らがお清めの後、真新しく荘厳な鳥居をくぐった。南玉垣鳥居は、大正九(一九二〇)年の明治神宮創建と同時に台湾産ヒノキ材を使って建立され、老朽化により建て替えが進んでいた。新しい鳥居の高さは八メートル程度で、規模は旧鳥居とほぼ同じ。境内にある八基の鳥居のうち四番目の大きさになる。新しい鳥居には、国産のヒノキ材を使用。柱は愛知県豊田市と浜松市の木材、上部に渡されている笠木には長野県木曽町と埼玉県飯能市の木材を充てた(東京新聞)。


西新井大師
1月の中旬頃、西新井大師でお参りした。



西新井大師は五智山遍照院總持寺(ごちさん へんじょういん そうじじ)といい、真言宗豊山派の寺院です。天長の昔、弘法大師様が関東巡錫(じゅんしゃく )の折、当所に立ち寄り悪疫流行になやむ村人たちを救わんと、御自ら十一面観音像とご自身の像をお彫りになり、観音像を本尊にそしてご自身の像を枯れ井戸に安置して二十一日間の護摩祈願をおこないました。すると清らかな水が湧き、病はたちどころに平癒したと伝えられます。その井戸がお堂の西側にあったことから「西新井」の地名ができたと伝えられております。当地西新井はお大師さまと切り離すことのできない歴史を持っております(公式サイト)。





ここで、ミサンガのような御守りを買った。切れると願いが叶うらしい。イヤホンジャックに取り付けて、スマホに挿していたら、早々に失くしてしまった汗




そんな訳で、3月中旬頃、TOHOシネマズ西新井で映画鑑賞をした際に、再び、お参りに行った。








裏手にあった出世稲荷明神でもお参りした。




様々な露店が出ているのが特徴かな。